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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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4. 朴念仁


「ごめん……」
 リーウが謝る。「せっかくのデートだったのに」
「私は大丈夫」
 隣のベッドに横たわったまま、暖野は言う。
 二人のベッドの四辺に鏡が配置され、どういう仕組みでかマナの補給がなされている。
 おそらく、食堂での支払いシステムの逆なのだろう。
 カーテンの向こうにはフーマがいるのが分かった。
「フーマ?」
 暖野は呼びかける。
「なんだ?」
「行こうね?」
「ああ」
「ごめん」
 それを聞いて、リーウがまた弱々しく謝る。
「もういいって。私、絶対に行くんだから」
「でも、明日にした方が……」
「もう、今日と明日しかないし」
「うん」
「先生」
 暖野は看護師の女性に確認する。「あと、どれくらいかかりますか?」
「もう少しだけ我慢して」
「はい」
 治療はそれから間もなく終わった。
 だが、暖野にマナを分けてしまっているリーウはまだ回復まで時間がかかるということだった。
「いいよ、行って」
「でも……」
「元はと言えば、私が悪いんだし。楽しんで来なよ」
「うん……」
「さあ、私の方は大丈夫だから」
「うん、ありがとう」
「じゃ、帰ってきたら、いっぱい話そう」
 リーウが力なく笑う。
「うん。じゃ、行ってくるね」
 暖野はカーテンの外に出た。
「暖野」
「うん、大丈夫」
 いま気づいたことだが、フーマも制服姿だった。それなら最初から、服のことなど何も気にせずともよかったのだ。それでも一応、服を貸してくれようとした子たちには悪いことをしたと思う暖野だった。
 医務室を出た所で、数人に生徒に取り囲まれる。
「タカナシさん、これ……」
 一人の少女が、ハンカチの包みを差し出す。「よかったら、使ってください」
「え……?」
 暖野を囲んでいた女生徒たちはそれ以上は何も言わず、一礼して走り去った。
 ゆっくりと包みを開く。
「これって……」
 町で使うためのお金だった。それも、結構な額。
「もらっておきなさい」
 背後で声がする。
 寮監だった。彼女も封筒を暖野に手渡す。
「これは、私たち職員からです。今のあなたの状態では、両替はできないでしょう?」
「でも……」
「楽しんでいらっしゃい。悔いの残らないように」
「……」
 暖野の肩に、フーマが手を置く。
 暖野は深々と頭を下げた。
 顔を上げた暖野の瞳には、涙が浮かんでいる。
 私って、こんなに涙脆かったっけ――
「ありがとうございます。色々と気を遣って頂いて」
 言葉を失くした暖野に代って、フーマが礼を述べる。
「では、私はこれで」
 そう言って、寮監は背を向けた。
 暖野はそれに向かい、もう一度頭を下げた。
「どうしよう。こんなに……」
 寮の前で、暖野は受け取った紙幣の束を見て戸惑った。
「いいじゃないか。みんな、お前のことを良く思ってくれている証だ」
「それを言うなら、フーマも」
「俺のことなんか、どうでもいい」
「……」
「行こう。その好意を無駄にしないためにも」
「うん」
 正門前には、すでにバスが停まっていた。
 二人はそれに乗り込む。チケットはフーマが持っていたが、、寮監がくれた封筒の中にも入っていた。
 前にリーウと行ったときと同様、バスはのんびりと田園風景の中を走る。
「フーマは、町は初めて?」
 その肩に身を預けて、暖野は言う。
「ああ、初めてだ」
「ほら」
 暖野は、以前リーウがしてくれたように大風車を指さす。
「思ったよりも大きいんだな」
「でしょ?」
「何でも、本物は違うんだな」
「違うって?」
「知識と現物。知っていることと実際に感じることの違い」
「そうね」
「お前は、どうなんだ?」
「私も、そう思う」
「だな」
「うん」
「お前は――」
「ねえ」
 暖野は、フーマの言葉を遮る。「その……お前って――」
 フーマが優しく笑う。
「前にも、こういうこと、あったな」
「そう?」
「ああ。会って間なしのころ。お前呼ばわりされるのを嫌がっていた」
「うん……。べつに、嫌ってわけじゃないけど……」
「じゃあ、何なんだ?」
「そう……」
「いまは……。うん、名前で、呼んでほしい」
 フーマに呼んでもらえるなら、べつに“お前”でも構わない。語りかけてくれるだけで、それだけでいい。それでも、やっぱり名前で呼んで欲しい。自分の名前を。
「分かった」
「じゃあ、呼んで」
「暖野」
「うん……」
「これだけで、いいのか?」
「うん」
 暖野は、フーマの胸に頭を預けた。その髪を、フーマはそっと撫でる。
 たおやかに、時は流れる。
 バスは途中、どこにも停まることなく町の広場に着いた。
「ここが……」
 フーマが目を瞠る。
「そう、嘉蘭梵(カランボン)って言うの」
「こんなに多くの人間がいるんだな」
 今日は平日なため、市は立っていないため、前にリーウと来た時とは違って、人出は少ない。それでもフーマは驚いている。
 暖野がそのことを言うと、フーマは更に驚いた。
「みんな、生きているんだよな?」
「当たり前でしょ?」
「信じられない……」
「これが、現実」
「ああ……」
「行きましょ?」
 暖野は、フーマの手を取る。
 広場の数人が、制服姿の二人を珍し気に見ている。
 人の多い場所から離れて、暖野は息をつく。
 やっぱり、制服は目立ち過ぎだったか――
 しかも二人とも制服では、駈け落ちと思われているのではないか――
 だが、それは杞憂だった。町を行く人々は、思ったほど奇異な目で二人を見ていない。元々自由な気風の統合科学院ゆえ、珍しくはあってもそれほど変には思われていないということか。
「ねえ」
 暖野は言う。「フーマは今日、私を誘ってくれたんだよね?」
「あ、ああ」
「じゃあ、連れてってよ」
「どこにだ?」
「あなた、まさか何も考えてなかったとか」
「……」
 フーマが黙り込む。
「フーマったら、人慣れしてないのにも程があるわ」
「そうなのか?」
「だって、誘っておいて、行き先も決まってないないなんて、あり得ない」
「俺は、町へ行こうと――」
「それで?」
「ああ……」
「まさか、その後はなんにも考えてなかったとか?」
「すまない」
「いい?」
 暖野は言う。「謝るくらいなら、どうして私を誘ったの?」
「それは――」
「ちゃんと言って」
「……お前と、いたいから」
「それなら、学校だっていいじゃない」
「だが……」
「何?」
「そうだな」
 フーマが宙を仰ぐ。「そう、あれだ……」
「あれって、何よ?」
「俺としても初めてだからよく分からないが……。暖野の時代の人間は、こういうことをしたいと……」
「それも、調べたの?」
「ああ……」
「それって、ただの知識よね?」
 フーマが頷く。
「あなたは、楽しくないの?」
「楽しい、か……」
「そんなことも、わからないの?」
「いや」
 フーマが言う。「楽しいというより、暖かく感じる。これは、嬉しいという感情なのだと思う」
「そう……」
「お前は、どうなんだ?」
「ちょっと、がっかりしてる」
「どうしてだ?」
「楽しみにしてたのに、拍子抜けだから」
「それは、俺がか?」
「そうよ」
「じゃあ、どうすればいい?」
「フーマが決めて」
「俺が?」
「そう。あなたが」
「俺は、何も」