久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下
2. 告知
教室に戻ると、そこにはフーマの姿はなかった。
暖野が近くにいた女生徒にその所在を尋ねると、学院長に呼ばれて出て行ったという話だった。
まさか――
「ノンノ!」
リーウが呼び止めるのも聞かず、暖野は走り出す。
もう、これ以上は嫌だ! 私の知らないところで勝手に話を進めないで――!
断りもなく、暖野は学院長室の扉を開ける。
中にいた二人が、驚いて暖野の方を振り向いた。
「フーマ!」
「暖野」
「学院長も!」
息を切らせながら、暖野は言った。
「すまないが、席を外してくれるかね」
イリアンが落ち着いた声音で言う。
「嫌です!」
「辛いのは分かる。だが、聞かない方がいいこともある」
「いつも、そればっかり……」
「暖野……」
フーマが歩み寄り、暖野の肩に手を置いた。「悪い」
「あなたまで……」
「今は、出ていてくれ」
「みんな、そうやって私に隠しごとをするんだわ」
「ノンノ・タカナシ君。我々は特に隠し立てているわけではない。これは、いずれ君にも分かることだ」
「いずれ、ですよね?」
イリアンが頷く。
「私は、当事者じゃないんですか?」
「……」
「嫌です。もう……」
「あとで、話す」
フーマが諭すような口調で言った。
「嫌! ここで聞かせて!」
「すまない……」
「どう、しても……?」
フーマが頷く。
暖野はイリアンの方を見た。
彼は何も言わず、ただ見返すばかりだった。
「分かりました」
暖野は諦めと共に静かな怒りが湧き上がってくるのを感じた。
「暖野……」
「もう、いらない」
背を向けようとする暖野の腕を、フーマが掴む。「放してよ!」
「待て」
「どうしてよ! 出てけって言ったじゃない!」
「もういい」
「何が、もういいのよ!」
「ノンノ・タカナシ君」
イリアンが暖野を真っ直ぐに見据えている。
「何なんです?」
「ひとつ。今は授業中だ。この授業が終わったとき、重要な通達がある。その時まで、待ってくれないかな」
「それは……」
「いまは、その話し合い中だ」
「……」
「君たちにとっても、悪いことではない。それは、我々からのせめてもの罪滅ぼしと思ってくれたら嬉しいのだが」
「私は……」
「待ってくれるね」
「……はい……」
イリアンの強い眼光に、暖野はそう答えるしかなかった。
暖野は、フーマの方は見ずに、そっとその手を解いた。「失礼します……」
そして頭を下げて背を向けると、そのまま振り返ることもなく後ろ手に扉を閉めて廊下に出た。
「ノンノ……」
俯いたままの暖野に声をかけたのは、リーウだった。
「聞いてたんだ」
「ごめん。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど」
「べつにいいけどね」
「怒ってるの?」
「ううん、そんなんじゃない」
「でも……」
「行こう」
暖野は、リーウの手を取って歩き出す。
「ちょっと、どこへよ?」
「寮」
「なんでよ? まだ授業終わってないよ」
「いいの!」
暖野は前だけを見て歩き続ける。
リーウは掴まれた手を離すこともせず、半ば引きずられるように校舎を出る。途中、何も口を利かないまま、暖野は寮の自分の部屋に戻った。
ドアを閉めたところで、暖野は膝をつく。
「ノンノ……」
「みんな、大事なことは教えてくれない……」
「……」
「フーマも、学院長も、それに他の人も……みんな……」
「そんなこと、ないって。フーマだって――」
「もういいの」
「ねえ……」
「もう、いいってば!」
リーウが暖野を起こそうとする。
暖野はその手を振り払う。
「ノンノ……」
リーウが言う。「辛いのは分かるよ。でも、このままでいいの?」
暖野は答えない。
いいわけがない。このままなんて――
でも、このまま、ここに――
「発表があるんでしょ?」
「どうせ、私の追放のこと……」
「そんなことないよ。だって、罪滅ぼしとか言ってたじゃない?」
「……」
「きっと、これ以上悪いことは起こらないよ」
リーウが、暖野を抱きしめる。「だから、それまで待とうよ」
暖野は放心したように、それに身を預ける。
鐘の音が聞こえる。
授業終了のもののあと、前の緊急警報の時のように敷地内全ての鐘が鳴らされた。
その残響が消える間もなく、全域放送が流れ出す。
「ほら、始まったよ……」
《全校生徒および職員は、手を離せない場合を除き、本告知に傾聴されたし。繰り返します、全校生徒および――》
暖野は耳を塞ぐ。
「だめ。ちゃんと聞くの」
リーウが、暖野を包み込み、その耳から手を離させる。暖野とて、聞かなければいかないことは分かっている。聞きたくなくとも、そうしないといけないことも。
《――本日より三日後の夕刻より、本学主催の舞踏会を開催することとなりました。従って、明日明後日の授業は午前のみ、当日は全学休講となります。なお、開催にあたって賛助頂ける方は――》
「だってさ」
リーウが言う。「なかなか粋な計らいね」
「……」
「フーマが言ったのかな」
「フーマは」
暖野は俯きながらも言う。「……そんなことしない」
「じゃあ、学院のか」
「そう……でも――」
「うん」
「放っといてほしい」
「気持ち、わかるよ」
「ありがと、リーウ」
「でもさ、フーマと喧嘩したままでいいの?」
「……」
「何か持って来るわ。長くなりそうだし」
リーウが立ち上がる。
「いいよ、もう戻って」
「馬鹿ね。そんなこと、できると思う?」
「……」
暖野は、リーウを見上げる。
「じゃ、ちょっと行ってくる。鍵かけたりしたら、蹴破るからね」
その言い方に、暖野は少しだけ笑った。
初めて会った時、ここにいるのが夢だと思っていた時、リーウは言った。夢じゃないことを分からせるために。蹴り入れてやろうか、と。
リーウは変わらない。
暖野は、そのことが嬉しかった。
ただ、言葉に出来なかっただけで。
その夜、リーウと暖野は初めて語り明かした。
外が明るくなるまで。
作品名:久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下 作家名:泉絵師 遙夏