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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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第6章 魂の輪舞 1. 花群から


 風に花々が揺れる。
 その度に甘い香りと花びらが舞い上がった。
 花それぞれが輝き、光に溢れた空間。
「行こう」
 フーマが、暖野の肩に手を置く。「お前はあまり、ここに長くいない方がいい」
「私、もう少しここにいたい」
「マナが――」
「抑えられる?」
「俺だけでは、無理そうだ」
「じゃあ、私が」
「お前、そうしている間にもマナを放射しているんだぞ」
「うん。分かってる。たぶん……」
「分かっていないだろう」
「たぶん……」
「目を閉じろ」
 言われた通りに、暖野は目を閉じる。
 心持ち背伸びして。
「お前は、こうして欲しいだけなんじゃないのか」
 フーマが唇を重ねてくる。
「そう……」
 一旦離された口に、もう一度寄せてゆく、唇を開いて。
「奪えるだけ奪え。お前が望むなら」
 それが、フーマから生気が流れ込んでのことなのか、それとも別の理由からなのか暖野には分からない。交わる舌から全身に暖かさが漲ってゆくのを、暖野は感じた。
 だが、その力はすぐにどこかへと消えてゆく。無限に貪り続けても、幾ら深く分け入っても満たされない。もっと、もっとという思いだけが高まって行く。
 フーマが、暖野から離れる。
 その唇を求めて追い縋るのを、フーマが制した。
「やめよう……」
「どうして……」
「このままでは、ふたりとも失せてしまう」
「……」
「ここは、あまりにも危険だ」
 有無を言わせぬ力で、フーマは暖野の手を引く。
 なおも拒もうとする暖野を無理に急き立て、泉の前を離れる。来た経路は、もはや判別不能なほどの濃密な花の幕となっていた。フーマがただ勘だけを頼りに深い花の茂みの中をかき分けて暖野を導く。
 やっとの思いで元は林であったはずの花群(はなむら)を抜け出し、道路へ出ることが出来た。
 そこで見たもの。
 もはやそこは、道路ではなかった。
 一面の花畑。
 丈高い花々が揺れる、一面の花畑だった。
「暖野、分かったか」
 暖野は頷くしかなかった。
 フーマを愛おしいと思えば思うほどに、ここは花で満たされてゆく。
 それはひとえに、暖野のマナ放射のせいだった。
「行くぞ」
 フーマが花々をかき分け、校舎のある方角へ、来た時には道だった花畑を進む。
 この状態ではビークルは来られないだろう。ただ自分たちの足で進むしかなかった。時おり足を取られて転びそうになる暖野を、その度にフーマが支えた。
 胸の高さまであった花畑はやがて、徐々に丈を低めてゆく。普通に歩けるようになった時、暖野はよろめいて膝をついてしまった。
「大丈夫か、暖野」
「う……うん」
 そうは言ったものの、これまでにない疲労を暖野は感じていた。
 これも、マナを奪われてるせい――?
「少し休んだ方がいい」
「大丈夫」
 暖野は立ち上がった。「もう少し、行ってから」
「無理するな」
「うん。ありがとう」
 あと三日と、イリアンは言っていた。それが、暖野のマナの限界だろうと、フーマも言った。俄かには信じられなかったが、どうやらそれは本当のことかも知れないと、暖野は思った。
 でも、と暖野は思う。それは、考えすぎなのではないかと。フーマはいつも、そう言ってくれる。今回も、そう言って欲しかった。
 だが、フーマの答えは違った。
「もう、そのことは考えるな」
 否定ではなく、オブラートに包んだ肯定。
「やっぱり、マナが……」
 フーマは、それには答えない。
「分かったわ」
 暖野は言った。
 フーマが明確に言ってくれない以上、自分で判断するしかなかった。
「暖野」
「何よ」
 知らず、棘のある言い方になっているのに気づいて、暖野は言い直す。「――ごめん、フーマ」
「ああ」
「でも、ちょっと分かって来た」
「何をだ」
「フーマが言ってくれたこと」
 フーマは黙ったまま、暖野を見つめる。
「言ってくれたよね」
 暖野は言う。「たとえフーマが私を信じなくとも、私が私を信じる限りって」
「ああ、確かに言った。だが――」
「フーマを信じてるだけじゃ駄目なんだって。私が、私を信じられないといけないんだって」
「ああ、そうだ」
「フーマを通してじゃなく、私が直接に私を信じないといけないんだって」
「……」
「守られてるだけじゃなくって、自分で自分を守らなきゃいけないんだって」
「暖野……」
「勘違いしないで」
 暖野は言う。「責めてるわけじゃないの。でも、私は強くならなきゃいけないんだって思う」
「暖野は十分に――」
「強い?」
 暖野は少し笑う。「強くないって、言ってるよ。何回も。自分で生んでおいて、それをどうにもできないって、強くないってことでしょ? 親として失格じゃない」
「お前は、あれを子どものように言う」
「そうよ。私たちの命の継承って、フーマも言ったでしょ?」
「ああ」
「正直に言うね」
 暖野は息を継ぐ。「怖いよ、私も。綺麗過ぎて、怖い。……でもね、どんなに怖くても、生んでしまったものには責任がある。そうじゃない?」
「どんなに怖くても、か」
「生んでおいて、それはないと思うけど。そんなこと言ったら可哀想だけど」
「……」
「怖いって言うか……」
 暖野はそれをどう言い表せばよいのか、しばし考える。「そう……これからどうなるのか。……不安、かな」
「不安、か」
「そう。私は見守ることが出来ない。抑えることも育てることも出来ない。すごくいたいのに、そこにいることもできない」
「それは、暖野の力が――」
「そうよ。私なのよ」
 暖野は強く言う。「私が、ちゃんとしてないから。もっとしっかりしないといけないのよ」
「お前は……」
 フーマが言う「本当に強くなったな」
「言葉だけなんて、いらない」
「そうだな」
「きついこと、言ってごめんね」
「ああ。暖野の気持ちは分かった」
「それで?」
 微妙なニュアンスを聞き取って、暖野は言う。
「それで、俺に出来ることはあるのか?」
「あるわ」
「それは――」
「傍にいて。最後まで」
「分かった」

 まだ全ての授業が終わるまでには時間があった。
 ふたりは花の野を抜けて、普段通りの木立の間を歩いている。
 前からビークルが来るのを、フーマが手を挙げて止めた。
「医療院ですか」
 運転士が訊く。「途中までしか行けませんが」
「いえ、本校舎に戻るところです」
 フーマが答える。
「この先は」
「すぐ先で、通れなくなっています」
「そうですか」
 運転士が言う。「分かりました。乗ってください」
 道の真ん中で、ビークルはUターンする。
「暖野」
 フーマが言う。
「なぁに?」
 少し甘えた声で、暖野は返した。
「もう、皆が知ってると思っておいた方がいい」
「そうね」
「大丈夫か」
「大丈夫。リーウにもちゃんと話す」
「そうか。なら、いい」
 その後、ふたりは言葉を交わさなかった。
 言うべきことはあったが、そのどれもが取りとめもなく、口に上せるのを躊躇わせた。
 校舎裏でビークルを降りる。
 時間はまだ授業中だった。
「図書館へ行くか?」
「ううん、もういい」
「そうだな。もう、調べる必要もない」
「学院長に――」