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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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 フーマもそれに応えて、抱きしめてくれる。
「嫌よ、こんなのって!」
「俺も……」
「何なの? どうして一緒にいちゃいけないの? 私たち、何か悪いことした? ただ一緒にいたいだけなのに、その何が悪いの?」
「落ち着け」
「馬鹿! 落ち着けるわけないじゃない! 何なの、これって? 私に何か恨みでもあるの? 私……私……」
 暖野はフーマに縋ったまま泣き崩れる。
「まだ、終わってはいない」
 フーマが抱き留めて言う。
「終わりを言われたのよ? 別れろって言われたのよ? フーマは平気なの? 私がいなくなっても、あなたはそんな冷静でいられるの?」
「冷静でいられるわけがないだろう。俺が、そんなに浅いように思っていたのか?」
「じゃあ、どうして?」
「俺も、辛い……」
「私たち、どうしたら……」
「なるようにしか、ならない」
「それって――」
「今は、何も考えるな」
 フーマが唐突に唇を重ねて来た。
 これまでのようではなく、全ての言葉を封じるように。ただ、それだけのための口づけ。
 互いの涙が伝い、唇で混ざり合う。
 ずっと、このままでいたい――
 ずっと、この感触を味わっていたい――
 全部、忘れてしまいたい――
 忘れさせて――
 幸い、今は授業中で廊下を通る者は誰もいなかった。
 フーマが、唇を離す。
 暖野はそれを追うように、その顔を引き寄せる。だが、フーマは顔を逸らせた。
「暖野」
 フーマが言う。
 暖野はまだ恍惚としたまま、フーマの顔を見る。
「お前は、ここで待っていろ」
「いやよ、私も――」
「そうか。じゃあ、一緒に」
「うん」
 フーマが、さっき出たばかりの学院長室の扉をノックする。
「フーマ・カクラです」
「ああ」
「入っていいでしょうか?」
「構わない」
「では――」
 フーマは入ったところで立ち止まる。
「まだ、何か聞きたいことがあるのかね」
「いえ、もう一つお願いが」
「言ってみたまえ」
「私たち二人を、同じ部屋にして頂けませんか?」
 暖野は息を呑んだ。
「すまないが、それは出来ない」
「どうしてですか?」
「君たちの生命放射を、制御できないからだ」
「それは、どういう――」
「君たち自身の目で、見てきた方がいいだろう」
「それは、どこへですか?」
「私が言わなくても、分かっているはず」
「……あの場所ですか」
「そうだ。一昨日の」
 フーマは一礼して、扉を閉めた。
「フーマ」
 暖野は言った。「ありがとう」
 フーマが黙って、その肩を抱く。
 邪魔にならない程度に、暖野は身を寄せた。
「行こう」
 フーマが言う。
 二人は、校舎を出て、医療院行きのビークルに乗り込む。
 乗客は二人だけだった。
 元々利用者の多い移動手段ではない上に、今は授業中だ。
「行けば分かるって……」
 流れる景色に目をやりながら、暖野は言った。
「その言葉通りだろう」
 前回同様、各施設を巡って林に入る。
 その場所に近づくにつれ、緊張が高まってゆくのを暖野は感じた。敷地内の見慣れた森の光景、点在する草地の中の道をビークルは進む。
 どこか、様子が違って見えるのに、暖野は気づいた。以前には気にも留めなかった景色が、初めて見るもののような新鮮なものに見える。さほど時間を要すことなく、その理由は分かった。
「花が……」
 暖野は言った。
 そう、沿道に咲く花が目に見えて増えてきている。
 前回に通った時には、草地にわずかな花が咲いているだけだったはずだ。
 それが、立木でさえ花をつけている。
「これが、私たちの……」
「ああ」
 道の両側は、やがて一面の花に覆われる。
 二人はそのただ中に降り立った。
 溢れる花は路上にまで花弁を敷き詰めるほどだった。
「ここが……」
「信じられない」
 フーマも、この光景に目を瞠いている。
 ビークルが花びらを舞い上げながら走り去って行った。
 風に花弁が舞う。
 一面の花。
 有り得ないほどに咲き誇った樹々。
 それどころか、幹には蔦が絡まり、それがまた花をつけている。
 濃密な芳香が緩い風に乗って波のように二人の周りを巡り過ぎる。
「これが、私たちの、マナ」
 フーマは何も言わない。
 ただ黙って暖野の肩を引き寄せた。
 花弁が舞い、二人を包み込む。
 大地のみならず空をも埋め尽くす淡い色彩の乱舞の中、ふたりは言葉を失ったまま立ち尽くしていた。