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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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17. 呼出


 翌日も、そのまた次の日も、アルティアは教室に姿を見せなかった。それだけでなく、寮にも戻っていなかった。
 心配になった暖野は、寮監に訊いてみた。
 面会拒絶。
 それが、返って来た答えだった。
 面会謝絶ではなく、拒絶。
 アルティアと直接に話した暖野にとって、それはただの通知とは受け取れなかった。
 だが、また彼女のもとに赴くことも憚れる。彼女の心痛の原因が自分にあるとすれば、却って状況を悪くしてしまうかもしれない。
 教室の窓から外を眺めながら、暖野は憂鬱な気分だった。
「今日も、アルティは来ないのね」
 リーウが言う。
「うん」
「あんたのせいじゃないよ」
「うん……」
「気に病んでるでしょ?」
「うん」
「また、ノンノのうんうんが始まった」
「何?」
「あんたがそれしか言わない時って、人の話を聞いてない時」
「そうなの?」
「そうでしょ?」
「聞いてないんじゃないよ。聞いてるけど、ちゃんと返せないだけ」
「それ、聞いてないのと同じなんじゃないの?」
「ううん」
 暖野は窓外に目を向けたまま言う。「返したくても、言葉が見つからなくて。でも、そうなんだなって……」
「ふうん」
 リーウが隣に立って言う。
「それ、何となく分かるかな」
「リーウも?」
「ちゃんと返したいけど、どう言ったらいいか分からなくて、とりあえず、うんって言っちゃうの」
「そうよね」
 風が吹き込んでくる。
 少し肌寒さを憶えるくらいの、爽やかな風。
「ねえ、ノンノってさあ」
 リーウが言う。「遠いよね」
「遠い?」
「うん。私なんか手の届かないくらいに遠い」
「ここにいるのに?」
「そんなんじゃなくて……。ノンノは、いつもずっと遠くを見てる」
「……」
「それって、すごいことだなって憧れる。……でも、それがどれくらい遠くなのか私にもわからなくて」
「そうね……」
 暖野は言った。「私って、夢見過ぎなのかな」
「そうじゃないと思うよ」
「遠くか……」
 林の中から、鳥が飛び立つ。「夢だったら、よかったのかな……」
「何か、深刻そうね」
「よく分からない。――けど……」
「けど?」
「うん。……ありがと」
「どうしたのさ。いきなり」
「何となく、言いたくなっただけ」
「ふうん」
 リーウが、暖野の顔を不思議そうに見る。
「何か、変?」
「ううん、そうじゃない」
 そこまで言ってから、リーウが口調を変えた。「私、食堂行ってくる。喉かわいた。ノンノの分、何か買って来てあげようか」
「うん。でも、どうして誘わないの? それなら、一緒に行くのに」
「だってノンノには、彼氏いるじゃない」
「また……。変に気を遣わないで」
「いいってこと。で、何がいい?」
「じゃあ……」
 暖野は少し考えて、それから言った。「なんか、さっぱりしたやつ」
「曖昧ね。――ま、いいわ。適当に見つくろってくる」
「ありがと」
 リーウは教室を出て行った。
 暖野は窓の外にもう一度目をやってから、窓辺を離れた。
 見ていない振りをしつつ、誰もが暖野の一挙手一投足に注意を向けている。それは、朝から分かっていた。だから、敢えて外の景色を眺めていたのだった。
 もう、どうせ皆に知れてしまっていること。今更、隠す必要もない。
「フーマ」
「やはり、気になるのか?」
 フーマが読んでいた本から顔を上げる。
「うん……」
「今は仕方ない。そのうち、他のことに気を取られて忘れるだろう」
「そう……、かもね」
「ノンノ……」
 その時、リーウが戻って来て、暖野に言った。
「どうしたの? 早いじゃない」
「ノンノ……」
 リーウの顔が青ざめている。「フーマも」
「え、何? 何かあったの?」
 心配になって、暖野は訊いた。
「院長室に来るようにって……」
「それは、どういうことだ。マーリ」
 フーマが訊く。
「分からない。さっき廊下で学寮部長に会って、そう伝えるようにって」
「それだけか?」
 リーウが頷く。
 フーマと暖野は顔を見合わせた。
「それは、今すぐにか?」
 表情をこわばらせたまま、リーウがもう一度頷いた。
「どうしよう」
 暖野は言う。「この前のことかな?」
「行ってみるしかないだろう」
「う……うん」
「行こう。ここで考えていても始まらない」
 フーマが、暖野の腕を取る。
 暖野は一瞬身を強ばらせ、周囲の反応を窺おうとした。
 だが――
 力を抜く。
 しっかりと握ってくれるその手の力と熱に、安心感を憶えた。

 授業開始の鐘は、さっき鳴ったばかりだった。
 暖野とフーマの二人は、学院長室の前にいた。
「いいか?」
 フーマが訊くのに、暖野は頷く。
 扉をノックする。
 ややあって、学院長のイリアン自らが扉を開けてくれた。
「あの……」
「まあ、入りたまえ」
 暖野が言うのを遮って、イリアンが二人を招じ入れ、ソファを勧める。
「そこに掛けてくれたまえ」
 二人は立ったままだった。
 暖野は一度、直接にイリアンと話したことがある。だが、今回は様子が違った。
 フーマとは、まだ手を繋いだままだった。その手に、知らず力がこもる。
「学院長」
 フーマが言った。「わざわざこの時間にお呼びになった理由は、何なのですか」
「まず、座りなさい」
 言われて二人はようやくソファに腰を下ろす。
「学院長、やっぱり、先日の実習の件でしょうか」
 暖野は言った。
「そうだね。――だが、それは大したことではない」
「でも……」
「実習中の事故は、指導員の責任だ。直接対決などという危険な行為を止められなかったことは、こちらに否がある」
「では――」
 イリアンはすぐには答えなかった。
 テーブルに置かれたカップに、それぞれお茶を注ぐ。
「一昨日のことだ……」
 その言葉に、二人は身を強ばらせた。
 まさか、誰かに見られていたのだろうか――
「何があったのかは、詳しくは聞かない」
 イリアンが言う。
 暖野は固まってしまって、何を言えばよいのか分からなくなってしまった。
 ソファに置いた手に、フーマが手を重ねる。
 二人は黙って次の言葉を待った。
「一昨日の夕刻、異常なエネルギーを感知した。それは北辺の林を中心として広範囲に放射された。そして、その時に周辺にいたのは、医療院内にいた者と、そして君たちだ」
「……」
「医療院でも異変はあった。その報告は受けている」
 その異変とは、アルティアのことなのではないかと、暖野は思った。
「それは、ワッツさんの……」
 自分が去った後、彼女の身に何かあったのだろうか。
「彼女はただ、そのエネルギーに感応しただけだ。問題はその発生源なのだ」
「……」
「君たち、なんだね?」
 沈黙が流れる。
「あの時、自分たち以外に誰もいなかったとすれば、そうなのだと思います」
 フーマが言った。
「そうか……」
 イリアンが一口、お茶を飲む。
 また、沈黙。
「わざわざお呼びになったのです。話して頂けないでしょうか」
 フーマが沈黙を破る。
「時空移動」
 イリアンが、言った。「それから、許容を超えたマナ放射」
「……」
「君たちがどこへ行ったのかは分からない。だが、授業でも習ったと思うが、時空移動は安易にしてはならない。それは、分かっているね」