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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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15. 葉脈


 無限に落ちてゆく感覚。
 ああ、これがあの、ブラックホールに落ちてゆくってことなんだ……
 暖野は思った。
 私は、永遠に死ねない。
 死なせてもらえない。
 馬鹿な私……
 でも――
 誰かが。
 誰かが、私の手を……
「暖野」
 声が聞こえる。
 強く握られた手の感触。
「……」
「暖野、俺が分かるか?」
「……」
 この人――
「暖野」
 暖かい、その声。
「……フー…マ?」
「そうだ。俺だ」
「フーマ!」
 暖野は、すぐ前にフーマの顔を見た。
「戻ろう」
「どこへ?」
「決まってるだろう?」
「……うん……」
 その手を、暖野も握り返した。

 暖野……

 赤い――
 暖野……
 呼んでる――
「暖野」
 目を開ける。
 眩しさに、また目を閉じる。
 一瞬の黒、そして、赤。
 陽射しに透かされた、瞼の血の色。
 ゆっくりと、目を開ける。
「暖野、良かった」
 フーマが言う。
「うん……」
「大丈夫か?」
「うん。……私たち、戻れたのね」
 そこは、最初にいた草地だった。
「ああ」
 フーマが答える。
「良かった」
 暖野は身を起こそうとする。
 だが、力が入らなかった。
「何だか、私じゃないみたい」
 暖野は力なく笑う。
「そのままでいろ。お前は、疲れている」
「そうね……」
 暖野は、屋上で見た少女のことを思った。
 あれは……
 私だった――
 でも、どうして――?
「お前は、あそこで何を見た?」
「……」
 怖い――
 言うのが、怖かった。
「無理はしなくていい。俺が悪かった」
「……いいの」
 暖野は思い返す。
 あの時の気持ちを。
 落ちてゆくときの安堵感。
「私ね、あそこから、飛び降りたの」
 ゆっくりと、暖野は語り出す。
「そう……なのか?」
「何があったのかは分からない。でも、落ちていくとき、もうこれで終わりなんだって、すごく安心して」
「……」
「すごく楽になって」
「そこに、お前は安らぎを求めたのか」
 フーマが沈鬱な表情で言った。
「そうなのかな? 私、そんなことするほど、嫌な目に遭ったことないのに」
「ああ、そうだな」
「でもね。ありがとう」
 暖野は微笑んだ。
「何に対してだ?」
「だって、ちゃんと守ってくれたじゃない」
「約束しただろう?」
「うん」
「安心しろ」
「うん」
「お前は……」
 フーマが言葉を切る。
「なに?」
「これを、何と言えばいいのか、俺は分からない」
「言ってみてよ」
「ああ」
「聞かせて?」
 我知らず、暖野はねだるような言い方になっていた。
「胸が苦しくなる。力の限り抱きしめたくなる。それだけでは足りなくて――」
「うん」
「こんなこと、言っていいのか?」
「いいよ。言って?」
 少しの間。
「食ってしまいたい」
「怖いこと、言うのね」
 暖野は小さく笑った。
「すまない」
「いいよ」
「この気持ちは、何だ? お前を、ただ愛しているというだけではない、これは」
「それを、私に言わせる気?」
 暖野にも、その気持ちは分かっていた。
 なぜなら、暖野も同じ思いを抱いていたから。
 それは、愛おしいという気持ち。
 狂おしいほどに、その相手を求める気持ち。
 だが、それは言えなかった。
「お前は、本当に、俺に未知の感情を起こさせる」
「嫌?」
「嫌ではない。むしろ、よりお前を欲する気持ちが強くなる」
「うん……」
 川の水が、陽光を受けて輝いている。
 眩しく弾け、移ろいゆく光の欠片。
「ねえ」
 暖野は言った。
「なんだ?」
「もう一度、言って?」
「何をだ?」
「私が、私だって」
「ああ」
 フーマが言う。「お前は、お前だ。確かに、暖野だ」
「ありがとう」
 暖野は目を閉じて、そのフーマの言葉を何度も胸の裡で繰り返す。
「これでお前の気が休まるのなら、何度でも言ってやる」
「フーマがいてくれて良かった」
「俺のせいかも知れないんだぞ」
「そうだったとしても」
「そうか」
「でも、そうじゃないって分かってるから」
「……」
 暖野は、横たえていた身を起こす。
 まだ頭の中に綿が詰まったような感覚が残っていて、力が抜けてしまう。
 それを、フーマが支えた。
 暖野はフーマにもたれかかる。
 その背に腕を回し、温もりを正面に感じた。
「このままでいて……」
「ああ」
「好き」
「ああ」
「でも、こうしてると、顔が見えない」
「……」
「顔が見たいのに、こんなに近くにいるのに。でも、顔が見えない」
 フーマが、黙って暖野の髪を撫でる。
「変よね。近くにいると、フーマが見えない」
「そう、だな」
「私、怖い……」
 そう、幸せ過ぎて。
 こんなにも近くで守ってくれる人がいて。
 それを、こんなにも近くに感じられて。
 だが――
「夢じゃ、ないよね?」
「夢ではない」
「私ね、本当はもう死んでしまっていて、まだ生きてる夢を見てるだけなんじゃないかって思うことがあるの」
「それは、誰しもが一度は思うことだと聞いたことがある」
 暖野の髪を撫でながら、フーマが言った。
「それだけなのかな……」
「あまり深く考えない方がいい」
「ううん」
 暖野は言う。「今、フーマがここにいて、私を守ってくれてるから、逃げたくないの」
「そうか」
「私、変な夢を何度も見たってこと、前に言ったっけ?」
「ああ、経験してもいないことを、あたかも現実の記憶のように見たという、あれか」
「うん」
 やはり、怖かった。言ってしまうのが。それに、さっき感じたこと。
「もしかしたら、あれは本当にあったことで、私はもう死んでるって」
「馬鹿な」
 フーマの重い声。
「そう。馬鹿だって分かってる。でもね、さっきのは、夢じゃなかった。屋上から飛び降りる私。あれは、私だった」
「幻想ではなくて、か?」
「たぶん……」
「何か、思い出したのか?」
「ううん、何も。あの時見たこと、感じたことが、ただの夢じゃないって感じるだけで」
「そうか……」
「私、幸せになってはいけないんじゃいかって、悪いことしてるみたいな気がして」
 暖野はさらに、フーマの頭を引き寄せた。
「お前は、何も悪くない」
「もしフーマが、私の知らない私のことを知ってて、それを言ってくれるなら、私はそれを信じる」
「知っていることは、信じられない」
 フーマが言う。「分からないこそ、信じる。そうではないのか?」
「そうね。……その通りね」
「フーマ」
 暖野は顔を上げた。そして、間近にその顔を見る。
 陽射しを受けて輝く髪。そして、瞳に映る自分の眼を。
 互いの瞳の合わせ鏡。
 その距離が近づき……
 無限の連鎖が溶け合ってゆく。
「私……フーマが、欲しい」
 潤んだ瞳に愛おしさが混じり合い。
 やがて、ひとつになる。

 互いのエネルギーが身体を貫き、そして循環する。
 寄せては返す波のように。
 増幅され高まる光の奔流。
 遥か太古からの潮流に身を任せ、流されてゆくままに。