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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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13. 想いの種子


「ごめんなさい」
 医療部の受付前で待っていたフーマに、暖野は声をかけた。
「どうだ。ワッツの様子は?」
 それに、暖野は黙って首を振った。
「そうか……」
「相当に参ってる」
「だろうな」
「まるで、アルティアさんじゃないみたい」
「そうか……」
 フーマが言う。「だが、お前はワッツのことを、どれだけ知っている?」
「それは――」
「お前の知っているワッツは、級長としてのあいつなのではないのか?」
「……そう、かな」
 暖野は考えてみる。
 校舎内のみならず、アルティアとは顔を合わせている。寮でも相談に乗ってもらったり。
 そうか――
 フーマの言う通り、暖野は級長としての彼女しか見ていなかったのかも知れない。なのに、さっき病室であんなことを言ってしまった。
「お前が悩むことではない。暖野」
「うん……」
 二人は前庭へ出る。
 明るい陽射し。
「ねえ」
 暖野は訊いた。「ここ、雨は降る?」
「降る。どうして、それを聞く?」
「だって、いつも晴れてるから」
「それは、お前が晴れの日にしか来ていないからだ」
 なるほど、そういうことだったのかと、暖野は思った。
「良かった」
「どうしてだ? お前は、雨が好きなのか?」
「好きじゃない。でも、ちょっと好きかも知れない」
「何となく、だな」
「そう」
 暖野は振り返って、アルティアの病室の窓を見上げる。見られて困るわけではないが、見せつけて悲しませるのは嫌だった。
 あとは、そっとしておくのが一番だろうと、暖野は思った。
 ビークルの帰りの便まで、まだ時間がある。
「足は、どう?」
「大丈夫だと言ったはずだ」
「そうね。じゃあ、ゆっくり歩いて帰る?」
「そうだな」
 湖に沿った道。所々に休憩用のベンチがある。
 二人はそれらを横に見ながら、校舎の方へと歩く。
「ねえ、さっきのこと」
 暖野は言った。
「なんだ?」
「私がここで、過去と未来の私と統合されるとかって」
「ああ。俺にも確証はない」
「それってね、私がここに通って来る前の世界も入ってるのかな」
「それは、どうだろうな」
「私は、あの世界の種子になるように言われた」
「そうだったな」
「ってことは、あの世界の人たちの心の中には、私がいるってことになるよね」
「……」
 フーマが、暖野を見つめてくる。
「でも、あそこには、ほとんど誰もいない」
「よせ」
「無意識の中に私を宿してる人がいなくて、私がその種子だとしたら、その種は芽を出さないんじゃないかなって……」
「そんなことは、考えるな」
「だって、そうでしょ? 深みのない世界で、どうあがいたって世界は展開しないんじゃ……」
「それは、違うと思う」
「どう違うの?」
「お前は、最初から創造しろと言われたのではなかったのか?」
「うん……」
「なら、お前は種子であり土壌とは考えられないか?」
「どういう意味?」
「お前は最初の種子、種子は芽吹き、成長し、花を咲かせ、そして実を結ぶ。それが、新たな生命を得てゆく」
「だから?」
「そこに誰もいなくとも、お前がいればいい。逆に、お前がいなければ生まれることのない世界ということだ」
「私……」
 暖野は目を伏せる。「そんな大きすぎること、出来っこない……」
「そう思うか?」
「フーマだって、そう思うでしょ? 私はそんな、一つの世界を生み出せるような人間じゃない。そんなことが出来る人なんて、誰もいないし、そんな権利なんてない」
「馬鹿だな」
「そうよ。私は馬鹿よ。そんな馬鹿な私に、世界を創ることなんて、出来ると思う?」
 道は湖畔を離れて森の中に入っていた。右手には湖へ注ぐ小川のきらめきが見えている。
 フーマが、暖野を引き寄せる。
「来い」
 フーマは暖野の手を引き、川の方へ導く。
 明るい森の中を流れる川辺。
 小さな草地。
 道からは樹々の陰になっていて、秘密めいた花園となっていた。
「どうして……」
 フーマが立ち止まった時、暖野は言う。
「お前は、本当に自分が何も生み出せない存在だと思っているのか?」
「だって――」
「これでもか」
 抱き寄せられ、唇を奪われる。
 最初は硬直しながらも、暖野はゆっくりと彼の背に腕を回す。
 甘く、温かい思い。
「お前は……」
 フーマが言う。
 暖野は恍惚とした目で、彼を見た。
「俺が、何を感じているか、分かるか?」
 暖野は何も言えないまま、その目だけを見る。
「お前は、俺の中に、お前を植え付けた。お前は、それまで俺が知らなかった感情を生み出させた。これでも、お前は自分が何も出来ない人間だと言えるのか」
「……それは……」
「お前は今も、俺の中に様々なものを創造している。俺にすら分からないものを」
「それは、フーマも同じ」
 暖野は目を伏せる。「フーマも、私に色んなことを教えてくれる」
「人は、誰かを思うことで、自らの世界を開いてゆくのではないかと、俺は思う」
「うん……かも知れない……」
「それを教えてくれたのは、お前だ」
「でも、それは……」
「誰にでもある、と言いたそうだな」
「だって、そうじゃない」
「お前は特別なんだ。何度も言うが、お前の力は、お前自身が思うよりも絶大だ。感情を持たなかった俺に、それを与えられるほどにな」
「それじゃ……」
 湧き上がる疑念。
 暖野は、その未知の力を以て、フーマを引き寄せたとでも言うのだろうか。
「何が言いたい?」
「私……、フーマに酷いこと、したんじゃないかって……」
「何故、そんなことを考える」
「だって……」
「お前が何を考えているのかは、概ね想像がつく」
 フーマが言う。「だが、その答えは、否だ」
「どうして、そんなにはっきり言えるの?」
「よく考えてみろ。お前は、ワッツの心を操ったのか? 他の生徒や教師たちを、自分の都合の良いような方向に仕向けたのか?」
「わからない……」
「何故、分からない?」
「だって、みんな優しくしてくれる。でもそれは、私が望んだからそうなっただけなのかも知れないじゃない」
「救いようのないやつだな」
「そうよ」
 暖野は寂しく笑った。「私は、救われてはいけないの……」
「待て……」
 フーマが、暖野の肩を掴む。「お前、いま、何と言った」
「え? 私、何か言った?」
 一瞬、気が遠のいていたように、暖野は感じた。
「おい。しっかりしろ!」
「う……うん……。あれ? 私、どうしちゃったんだろ?」
「大丈夫か!」
「フーマ……」
「暖野! おい!」
 駄目。
 離れて行く。
 暖野は手を伸ばす。
「離さないで……。私、……怖い……」

 怖い……

 助けて!

 フーマ……!


 暖野……


「暖野……」

「暖野」
 フーマが呼びかける。
「私……」
「目が覚めたか」
「うん……でも……」
 暖野は目だけで周囲を窺った。「ここは……?」
「お前にも、分からないのか?」
 言われて、もう一度見回す。
 暖野は首を振った。
「そうか……」
「ここ、学校じゃ……ないよね」
「おそらくな」
「でも……」
 暖野は身を起こす。
 それまで、ベッドに横たわっていたのだった。
「大丈夫なのか?」
 フーマが気遣って、布団の上からその脚に手を置く。
「うん。何とか」
 知らない場所。