久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下
この人はきっと、頑張りすぎたんだ。
暖野は思った。
自分のことが見えなくなるくらいに頑張り過ぎた。
同情?
それは違うと、暖野は思った。
自分には、そこまで頑張った経験はない。
また、そうしなければならないほどのことも、なかったはずだった。自分を見失うほどに頑張った結果が、自分の一番大切なものを失うことに繋がってしまう。アルティアは、きっとそんな自分を許せないのだろうと思った。
「アルティアさん」
暖野は言った。「あなたは、級長じゃなくても、あなたですよ。少なくとも、私はそう思ってます」
はっとしたような表情で、アルティアは暖野を見る。
暖野も、自分で言っておいて驚く。
これは、いつもフーマが暖野に言ってくれることだったからだ。
――それは、お前がお前だからだ――
肩書でも何でもない、ありのままを受け容れる。
あれだけのことをされておきながら、暖野はアルティアに対して何の怒りも覚えなかった。むしろ、彼女の抱えていた不安を感じ、胸が痛くなる思いだった。
そうか――
哀しいとか、寂しいって、こういう言い方もあるんだったっけ――
胸が痛む。
思いと言葉が循環して、ひとつに繋がる。
「アルティアさん」
暖野は、彼女の目を見据えて言った。「でも、今はあなたは級長です。戻って来てください」
「ええ。ありがとう」
アルティアが言う「頑張ってみる」
「もう、頑張らなくてもいいんですよ。そのままで」
「そうね。あなたの言う通りだわ」
「じゃあ、もうあんまり無理しないで下さいね」
「ええ、あなたこそ」
そして、アルティアが暖野を見つめる。「それと――」
「何か?」
「いいえ、何でもないわ」
窓の外には輝く湖面。
陽光を受けて緑が眩しい庭園。
その中を行く二つの影。
外の世界と、こちら。
光と、影。
決して届かぬ鏡の向こう。
すぐそこにある世界。
光あふれるその先には……
「私は……」
アルティアは窓ガラスをなぞる。「いても……」
白いカーテンさえくすんで見えた。
鳥が飛んで行く。
「いいのよね……」
自由に、遠くへ。
作品名:久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下 作家名:泉絵師 遙夏