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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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12. 奏傷


 その日、アルティアは授業には出て来なかった。暖野とフーマは、放課後彼女の入院している医療院へ向かった。リーウは二人の邪魔をしてはいけないからと、変な気を回して寮へと戻っていた。
 医療院は、統合科学院の敷地の隅、丘を挟んで反対側の静かな一角にある。湖に面した建物の前で、二人はビークルを降りた。ここがビークルの一方の終点。広大な敷地の辺境ともいえるエリアだった。
 医療院は名前こそ大層だが、建物自体は大きくはない。木造の、田舎の学校のような二階建ての建物。ただ、その前面はグラウンドではなく、芝生になっている。それだけの違いだった。
 この学院は最先端の科学を学ぶための施設だという割には、全てが古めかしい。
 暖野はそのことを訊いてみた。
「ねえ。どうしてここは、こんなに古い感じの建物ばかりなの?」
「お前には、そう見えるのか?」
 何故か、問いで返される。
「だって、校舎もそうだし、ここは私の世界の古い時代みたい」
「そうだな」
 フーマが言う。「それは、お前がそうイメージしているから、そのように見えるのだと、俺は思う」
「どういう意味?」
「前に習っただろう? 人は、自分の見たいようにしか物事を見ないと」
「でも、私たちは同じものを見てるんじゃないの?」
「ここは特殊空間だ」
「だから何?」
「お前は、お前のイメージする魔術とやらの世界をここに反映させているに過ぎないかも知れない」
「じゃあ、フーマにはどんな風に見えるの?」
「古い建物」
「それじゃ、同じじゃないの?」
「そこに伴うイメージが違う」
「そりゃ、そうかも知れないけど……」
「ただ一つ、お前と同じだと思えるイメージはある」
「それは、何?」
「ノスタルジー」
「……」
「お前は、こういう世界を見たことがあるんだな」
 暖野は頷く。
「俺は、ない。あるにはあるが、データとしてだ。だが、どこか懐かしさのようなものは感じる」
「人は……」
 暖野は言葉を選びつつ言った。「過去を無意識に蓄積していく。そしてそれが未来に受け継がれる。共通の無意識の底にあって、ずっと」
「そうだな。俺の心の中には、お前が生きている時代の無意識の残像が息づいているのかも知れない」
「その中には、私もいるのかしら」
「いると信じたい」
「じゃあ、私はここで、フーマの無意識と対面したってことになるのね」
「そういうことになるのか。お前は面白いことを考える」
「面白くなんかない」
「どうしてだ?」
「だって、フーマの無意識の中の私の記憶は、過去のものだもの」
「だが、お前はここにいる。俺の前に」
「これって、あなたの心の底の私の記憶を塗り替えてることになるのかな? それとも私は、あなたにとって過去と今の私っていう別の存在なのかな」
「それは、違うだろう。うまく言えないが、少なくとも、俺自身はどちらの存在もお前だ。暖野という一つの存在として繋がっている。これでは駄目なのか」
「駄目じゃない」
「すまん。俺にもよく分からない」
「そうよね。私にも分からないんだから」
「見方を変えれば」
 フーマが言う。「お前はここで、過去と未来の自分と再会したとも言えるのかも知れない」
「それは……」
「たぶん、統合、だろう」
 その時、建物から一人の女性が出て来て、二人に声をかけた。
「あなた達は、さっき連絡をくれた」
「はい、フーマ・カクラとノンノ・タカナシです」
「お待ちしていましたよ。どうぞ」
 白衣姿の女性は二人を建物内へ案内した。
「あの、ワッツさんは」
 廊下を歩きながら、暖野は訊いた。
「容体は安定しています。ただ……」
「まだ、意識が戻らないとか」
「それはないのですが……。とりあえず、会ってもらうのがいいでしょう。彼女の了解も得てあります」
 アルティアの病室の前に立つ。
 職員が扉を叩くと「どうぞ」と、アルティアの声が聞こえた。
「特に時間制限はありません。ビークルの最終時間にだけは遅れないようにしてください」
 ドアを開けて、職員の女性が言う。
 二人は中へ入った。
「タカナシさん……」
 暖野が声をかける前に、アルティアが言う。
 いつものような張りのある声ではない。
 どこか消え入るような、まるで別人かと思ってしまうような弱々しい声。
「アルティアさん、私……」
 アルティアは首を振り、そして言った。
「私、どうかしてた」
「それは、私も……」
「こっちに……」
「フーマ」
 暖野は隣にいる彼に声をかけた。「ごめん。ちょっと、席を外しててくれる?」
 フーマが頷く。
 彼が部屋を出るのを見送り、暖野はアルティアの傍に寄る。
「アルティアさん」
「あなたは、本当にカクラ君が好きなのね」
 すぐには返答出来なかった。
 アルティアの瞳が、何かを伝えてくる。
 それが何なのかは、暖野にも分かった。
 だが――
 暖野は黙って頷いた。
「分かってた」
 アルティアが目を天井に向ける。「分かってて、あなたに対戦を挑んだ」
「……」
「私、馬鹿よね。こんなことして」
 その瞳から涙が零れる。「あなたや、カクラ君まで傷つけて」
「アルティアさん、あなたは――」
「言わないで!」
 強い口調で、アルティアは制した。そしてまた、小声になる。聞き取れるかどうかというほどの声で。「もっと……哀しくなるから」
「……」
 そのままアルティアは泣き崩れた。
 暖野はただ黙って、それを見ているよりなかった。
「ごめんなさい……」
 ひとしきり泣いた後、アルティアが言った。
「みんな、アルティアさんを心配しています」
「そうよね。私、級長だもの」
「それだけではないと、私は思います」
「そう? 私がいなかったら、クラス運営に支障がある。そうでしょ?」
「それだけでしょうか?」
「そうよ……」
 アルティアが目を伏せる。「私、ずっと誰かに必要とされたかった。勉強して、頑張って、級長になって、みんなから頼りにされて」
「……」
「でも、あなたが来るまで、気づかなかった」
「……」
「私、本当に大事なこと、なんにも分かってなかった」
「それは……」
「私は、あなたが羨ましかった。でも私は級長で、あなたにいい人だって思われたかった。なのに、なのに……」
 暖野は、アルティアの肩に手を置いた。
「なのに……」
「アルティアさん」
 暖野は言った。「あなたは、いい人ですよ。優しくて、思いやりがあって、頼りがいもある」
「それは、私が級長だから」
「違います。リーウもフーマも、何も肩書は無いです。でも、私は大好きです。アルティアさんも」
「私が、級長じゃなくても?」
「アルティアさんが級長だったからってのもありますけどね。でも、それはただのきっかけだと」
「ごめんなさい……」
「泣いちゃっていいんですよ」
 アルティアがまた涙を零す。
「負けよ……。ううん、最初から、あなたには敵わなかった。あなたは、何者……?」
「そんなこと、私にも分かりません」
 言いながら、暖野も涙が溢れてくる。「私は、私が何者なのか、分からないんです――でも、私を繋ぎとめてくれる人が、今はいる。それだけです」
 もう、それ以上は何も言わなかった。
 アルティアも、ただ暖野に身を預けて涙を流すばかりだった。