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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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11. 共に在りて


 翌日目覚めた時、暖野はやはり統合科学院の寮にいた。
 戻りたくない思いがそうさせているのか分からないが、両方の世界で禍根を残すのはいたたまれない。
 せめて、この世界では安心を得たい。
 暖野は心から切にそう願っていた。
 リーウが隣で寝ている。
 心配してくれるのは有難いが……
 重い――
「ちょっと、リーウ」
 覆い被さるリーウを押しのけて、暖野は言った。「起きてよ」
「う……ん」
 ああ、リーウは私より寝起き悪いんだった――
 暖野は起こすのを諦めて、ベッドから出る。
 今日もいい天気だ。
 そう言えば、ここで雨が降るのかどうか、聞いたことがないことに気づく。自分の本来属する世界から転移してきて、向こうの世界で初めて嵐に遭遇した。でも、ここではまだ雨は降っていない。
 とりあえず、洗面に向かう。
 途中で何人かと出会ったが、その誰もが暖野から視線を逸らした。
 私、ちょっとホントにヤバいことになってるかも――
 憂鬱な気分になる。
 顔を洗って部屋に戻ると、珍しくリーウが起きていた。
「おはよう」
 暖野は言った。
「おはよう。ノンノ、相変わらず早いね」
「リーウが遅いだけよ」
「ふふ」
 リーウが笑う。
「何よ」
「元気になってくれて良かった」
「うん」
「じゃ、ご飯行こうか」
「その前に」
 暖野は言う。「顔洗って来なさい」
「はいはい、お母さま」
 リーウが出て行く。
 暖野は着替えを済ませ、彼女が戻って来るのを待った。
 少し気分が落ち込んでいる。学校に行くのが億劫でもある。それ以前に、食堂へ降りるのも。
 皆、昨日の一件は知っている。その当事者の片方が暖野だということも。リーウは気にかけてくれているが、他の生徒たちはどうだろうか。さっき廊下で出会った寮生たちの反応を見た後では、憂鬱になってしまう。
 でも、やっぱり――
「ノンノ」
 戻って来たリーウが言った。「今すぐ下に行きな」
「え? 何かあったの?」
「いいから、行きなって」
 無理やり背中を押されて廊下に放り出される。
 しかも、ドアを閉ざした後、リーウは鍵まで閉めてしまった。
「ちょっと! どういうことよ! まだ鞄とか」
「後で持ってってあげるから!」
 そこまで言われては仕方ない。暖野は階下へと向かった。
 玄関を出た所、庇の下の柱に背をもたせかけてフーマがいた。
「フーマ」
 暖野は駆け寄る。
「暖野、気分はどうだ?」
「ありがとう、もう大丈夫」
「そうか、良かった」
「心配かけて、ごめん」
「お前が謝ることではない」
「うん」
「ちょっと、歩けるか?」
「うん。私は大丈夫だけど、フーマは?」
「俺か?」
 フーマが、挫いていた方の足で地面を蹴って見せた。「この通りだ。すっかり良くなった」
「無理してない?」
「していない」
「そう、良かった」
 二人は校舎の方へ向かう。
「ねえ」
 暖野は言う。「アルティアさん、あれからどうなったか知ってる?」
「知らない。お前を連れ出した時には、まだ意識は無かった」
「あの後、医療院に連れて行かれたとか」
「ああ、それなら知っている」
「私のせいなのかな……」
「またか」
 フーマが暖野を見る。「対決を挑んだのはあいつだ。そして、お前がそれを受けるのを止めなかったのは、俺の責任だ」
「違う」
 暖野は言う。「決めたのは、私の責任。フーマはそれを許してくれただけ」
「お前は、強いな」
「フーマのおかげよ。あなたが、いつも信じていてくれるから」
「そうか」
「あのことで、フーマは責任を感じる必要はないわ。そう――」
 暖野は言葉を選ぶ。「そうね。もしフーマが責任を感じてるなら、私はその気持ちに責任を負わないといけなくなる。なんか、そんな気がする」
「難しく考えすぎだ」
「でも、それが私」
「そうだな」
 フーマがが、暖野を引き寄せる。
「あの時、何が起こったの?」
「いずれ知ることになる」
「今じゃ、だめ?」
「まず、落ち着け」
「落ちついてるわ」
「そうか……」
 そう言って、フーマが後ろを振り返る。
 暖野は、その視線の先を追った。
 そこに見えたのは――
「あれは……」
「そうだ」
「私が、やったの……?」
 フーマが無言で頷く。
「そんな……」
 暖野が見たもの。
 それは、斜面の木々が薙ぎ倒された丘の姿だった。
 丘の頂上付近から左側の木が、全て一方向に倒れている。斜面の一部は深く抉れ、無残な山肌を晒していた。
「怪我人とかは? 他の人は大丈夫だったの?」
「お前とワッツだけだ。あとは何人か、かすり傷を負った程度だ」
「……」
「やってしまったことは、仕方ない」
「それで、済まされるの? あんなことして、怪我した人もいるのに?」
「学院からは、まだ何も言ってきていない。まだのことに、気を揉むのは無益だ」
「……」
 暖野はフーマの顔を見る。
 無表情に見えるが、微かな翳りが見て取れた。
「心配、してくれてるのね」
「ああ。お前のことだからな」
「前にも、そう言ってたよね。私って、そんなに危なっかしい?」
 あの光景を見せつけられて言えた義理ではないと思ったが、暖野は訊いた。
「壊れやすく繊細で、そのくせ突進する」
「最初の方は分からない。でも、そうかも」
 アルティアの挑戦を受けてしまったのだから。
「お前は、優しすぎる」
 それって、今言うことなのだろうかと、暖野は思った。あれだけの破壊をやっておきながら、アルティアを傷つけた自分に対する言葉ではないだろう、と。
「一つ、言っておかなければならないことがある」
 フーマが言う。「あの時、お前は最後に、自身で放ったエネルギーを自分に引き戻そうとした」
「それって……」
「そうだ。あの場にいた者を傷つけないため、そして俺を守るために」
「私、何も覚えてない」
「おそらく、お前の無意識がそうした」
「……」
「あれをまともに受け止めていたら、お前は――」
 フーマが真っ直ぐに、暖野の瞳を見据える。「今、ここにいない」
 フーマが語ったこと。
 暖野は怒りで我を忘れ、破壊のエネルギーを炸裂させた。しかし、無意識が全てを破壊することを許さず、自らの身に引き寄せて受け止めようとした。指導員や力の残っている生徒がそれを全力で阻止し、衝撃波を無害な方向へと逸らせた。その結果が、先ほど見た無残な丘の姿だということだった。
「そう……」
 暖野はうなだれた。
「俺は、お前を失いたくない。それだけだ。礼は要らない」
「うん」
 運動部の団体が、二人の横を通り過ぎる。
 数人が暖野に気づき、意味ありげな視線を投げた。
「気にするな」
 フーマが言う。「他の連中が、どう思おうと、お前はお前だ」
「うん。ありがとう」
 自分が自分であることを許してくれる。そしてそれを信じてくれる。そう言ってくれる人がいる。そのことに対して返すべきそれ以上の言葉を持たないことが、暖野はもどかしかった。
 クラブが朝練をやっているくらいだ。時間はまだ早かった。
 二人は話しながら食堂へと向かう。フーマも、まだ朝食を摂っていないということだった。
「フーマって、いつもは何食べてるの?」
 食券売り場で暖野は訊いた。
「そんなことに、興味あるのか?」