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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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10. 闘いの痕


 暖野は目を開けた。
 白い部屋。
 見覚えがある。
 医務室だった。
「暖野」
 聞き覚えのある声。
「ノンノ?」
 うん……――
 フーマとリーウが覗き込んでいる。
「あ……」
「無理に動くな」
 フーマが言った。
 体中が痛かった。
 あ、そうか――
 暖野は思い出した。
 実習の時、アルティアと対戦して――
「アルティアさんは?」
 暖野は訊いた。
 最後の記憶。
 炸裂する虹。
 リーウが、視線を横に滑らせる。
 暖野の隣のベッドに、アルティアが横たわっていた。
 腕には点滴、看護師の先生が付いてる。
 暖野は、初めて自分の腕にも点滴の針が刺さっているのに気づいた。
「大丈夫なの?」
 眠ったままらしいアルティアを見て、リーウに訊く。
 アルティアは点滴のみならず、頭にも包帯が巻かれて、見るからに重症そうだった。
「絶対安静だって」
「そう……」
「でも、ノンノだって安静なのよ」
「ワッツもお前も、無茶しすぎだ」
 フーマが言う。
「ごめん」
「だが、無事でよかった」
「そんなに、酷かったの?」
「まあな」
「また、助けられたのね」
 暖野は手を伸ばす。
 その手を、フーマが取った。
 リーウが、そっと目を逸らす。
「気分はどうだ?」
「うん、大丈夫」
「そうか」
 フーマが言う。「疲れただろう?」
「うん。ちょっと、眠い……かな」
「寝てろ。今は何も考えずに休め」
「うん。ありがとう……」
 そう言って、暖野は目を閉じる。
 フーマが手を握っていてくれる。それだけで安心できた。
 でも――
 暖野は思う。
 どうして、あの時アルティアは1対1の対決を望んだのだろう、と。
 フーマが暖野の力を知りたかったように、ただ実力を試したかっただけなのか。だが、あの時の彼女の眼光は、それとは別の何かを感じさせた。
 とにかく今は、休もう……
 うまく……考え…られ……ない――
 暖野は眠りに落ちていった。
 次に目覚めた時、暖野は寮の自分の部屋にいた。
 眠っている間に、連れて来てもらったらしい。
「リーウ?」
 すぐ傍で座ったまま居眠りしているリーウに、暖野は声をかけた。
「ん? ああ」
 リーウが目を覚ます。「ノンノ、起きたのね」
「うん。でも……」
「もう安心だって。だから」
「うん」
「戻れないんだね」
 リーウが言う。
「うん」
「うんうんばかりじゃなくってさ」
「うん」
 リーウが溜息をつく。
「まだ、眠い?」
「ううん。眠くない。でも、まだちょっと、ぼうっとしてる」
「そうみたいね」
「アルティアさんは、あれからどうなったの?」
「まあ、アルティは仕方ないよ。自業自得っていうか」
「どうして?」
「だってさ、実習中に喧嘩売ったんだよ? それもノンノに」
 暖野は力なく笑う。
「なんか私、すごい人みたいな言われ方」
「すごいってもんじゃないわよ」
 リーウが言った。「下手したら、学院吹っ飛ばすところだったんだから」
「ホントに?」
「まあ、あの時のノンノは正気失ってたみたいだし、覚えてないのか……」
 そうか、アルティアさんが何かして、それをよけて、フーマが倒れて……
「暴走、しちゃったの?」
「うん。すごいエネルギーだった」
「そう……。私、怒られちゃうね」
 その言葉に、リーウが何とも言えない表情をする。
 それだけで、ただ事では済まされそうにないことを暖野は悟った。
「フーマは?」
 暖野は訊いた。
「ここは女子寮よ」
「それは分かってる」
「あんた、フーマに背負われてここまで来たんだよ」
「そうなの?」
「すっごく幸せそうに抱きついてたよ、ノンノ」
「……」
「安らかって、ああいうのを言うんだって思った」
「なんだか、子どもみたいな言われ方」
 暖野は言った。
 そして、自分でそれを想像して頬を染める。
「そうね、確かに。子どもみたいだった」
「全然、覚えてない」
「それは、もったいないことしたね」
「……」
 暖野もそう思った。
 校舎から寮までの距離を、ずっと彼の背中で過ごしたことを覚えていないことに。
「アルティったら、なんであんな無茶したんだろ?」
 リーウが話題を変える。
 アルティアの突然の挑戦。
 暖野にも、その理由が分からない。ただ、昨夜のことと言い、アルティアの様子がおかしかったことは確かだ。
「私、何か悪いことしたのかな?」
「ノンノが? まさか」
「知らない間に、気を損ねるようなことをしたとか」
「あんたに限って、それはないと思うよ
「そうなのかな……」
「何か思い当たることとかあるの?」
「ない」
「そうよね」
「私たち、怒られるよね」
「多分ね……」
 リーウが言葉尻を濁す。そして、しばらく間を置いて語を継いだ。「ノンノはともかくとして、アルティはちょっとヤバいかも」
「ヤバいって?」
「あんたが力をまだ制御出来ないのを知ってて、チームの連携を禁止したり。タダじゃ済まされそうにない」
「私、悪いことしたな」
「ノンノが謝ることないよ。元々喧嘩売ったのはアルティだし」
「そうなんだけど……」
「まあ、アルティが起きるまでは何も分からないけどね」
「じゃあ――」
「医療院よ」
 医療院というのは、病院のことらしかった。
 それだけ容体が悪いということだった。
「大丈夫なの?」
「とりあえずね、身体的ダメージは。ただ、目を覚まさない」
「私……」
「ノンノが気にすることじゃないよ。今は自分のことだけ考えて」
「うん。ありがとう」
 そっか……
 暖野は自分の胸に手を置く。
 自分はフーマだけじゃなく、リーウや多くの人に守られているのだと感じた。そして、彼の背中の感触を全く覚えていない自分が、少し恨めしく思えた。
 幸せな気分。
 体の裡から暖かくなる。
「ノンノ?」
 リーウが言う。「あんたって時々、どきっとするくらい可愛いよね」
「ありがとう、って言わなきゃいけないのかな」
「いらないよ。私が勝手に思ってるだけだし」
「うん。でも、ありがとう」
「ま……」
 リーウが何故か顔を赤くする。「あんたは気にしないで休みなさいよ。明日、フーマに会いたいでしょ?」
「うん、ありがと」
「もういいから、ね?」