久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下
適当に開いたページ。その文字列に目を落とす。
――雨を止める方法――
「え?」
確かにそう書いてある。読めるようになっている。
――雨を止める方法は、それに濡れない方法とは全く別の技法だと認識しておく必要がある。基本的には雨雲を排斥するか除去するということになるが、この両者も使用する技法を異にする。
1.雲の排斥: 一般的大気型惑星気象学の知見を統合科学的に応用する――
そこまで読んで、暖野は顔を上げた。この世界でも統合科学院でも、一度も雨に遭遇したことはない。リーウには聞かなかったが、こちらの世界ではマルカは雨は降っていないと言っていた。
あまり役に立ちそうにもないので、暖野は前に戻って目次を見てみた。そこから興味を惹きそうなものを選ぶ。
――魅力を上げる方法――
この世界で役に立たないことでは同じだが、この言葉に反応しないほど暖野も擦れてはいない。
――古来より多くの文化において女性は化粧等により自らの魅力を……
その物理的方法に依らず、魅力を高める方法について述べる。
これには相手を幻惑する方法と、内面よりのエネルギー放散による方法があるが、前者は効果が限定的である上に持続性を持たないという欠点を持ち、尚且つ倫理的問題からも用いることは厳に戒められるべきである。ここでは後者の内面エネルギーの放散による技法について述べる。
人間は生誕時にほぼ同等の魅力を有しているが、生育環境や文化的方向付け等の要因により伸長減衰されるものである。また多くの場合に於いて抑圧がなされ、正当な魅力の発現に制限が加えられている。それらの後付けの障壁を解除し、心理的内奥に幽閉された本来の魅力を――
難しすぎる。
暖野は思った。学校の授業でもそうだったが、子供のころからの魔術に対するイメージとは程遠い。
バトンをかざして呪文を唱えると光の渦が発生するなどというものではない、あくまでも科学的根拠に基づいた技法なのだ。
きちんと読んで理解すれば使えるようになるのだろうか、と暖野は考えてみる。だがここでは練習のしようもないし、マルカ相手に試す気にはなれない。この先どれくらい長く旅するのか分からないのに、おかしな雰囲気をわざわざ作り出して気まずい思いをするのは避けたかった。
じゃあ、学校なら――
これも諸々の理由からやめた方が無難だ。そもそも実習以外で力を使ってはいけないことになっている。
マルカが食事に誘う声がドアの外でした。
暖野は本を枕元に置いて、階下へと向かった。
テーブルには、ごく普通の食事が用意されていた。食欲もあまりなかったため特に何かを想像したわけでもなかったが、それを先刻承知であるかのようなメニューだった。
小ぶりのオムライスにホワイトソースがかかっている。その周囲には温野菜があしらわれていた。平たいカップに入ったオニオンスープも、飾らない雰囲気を出している。
空腹を感じていなかったにも拘わらず、それらを見るとお腹が鳴った。
「ごめんね、マルカ」
食後のお茶を淹れてくれるマルカに、暖野は言った。「色々心配かけたのに、ちゃんと話せなくて」
「いいんですよ」
自分のカップを引き寄せながら、マルカが言う。「ノンノはこの世界に来ただけでも負担になっているのに、もう一つ別の世界にまで行っているのですから」
「自分でも、よく体が保ってると思うわ」
「静かな時間というのは、疲れを癒す最良の薬です」
「ええ、そうね」
とりあえずは、ここに戻って来た。
可能なうちに休養するのが、一番いいことなのだろうと、暖野は思う。どうせ自分の意志に反して振り回されるのだから、敢えて自ら動くこともない。
「少し、風に吹かれてくる」
お茶を飲み終えて、暖野は立ち上がった。
「またですか? 体に悪いですよ」
「ご飯食べたら、体が火照っちゃった」
「そうですか……。少しだけなら」
「そんなに気にしなくても大丈夫よ」
暖野は笑った。
「一人が、いいんですよね」
「ええ。先に寝んでて」
「分かりました」
二階でマルカと別れ、暖野は一人屋上へ向かった。
落ち着きたい気持ちではあるが、今は少し気分を奮い立たせてくれる曲が聴きたかった。
昨夜とは違い、各テーブルは照明で照らされている。
すでに用意されていたソーダ水を飲みながら、暖野は流れてくるリズムに心を任せた。ソーダ水は仄かに甘酸っぱく、リーウと共に行った町を思い出させた。
作品名:久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下 作家名:泉絵師 遙夏