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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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4. 湖上に輝く


 あれから二日が経った。
 体の方は、ようやくこちらの世界のサイクルに戻り始めていたが、まだどこかに気怠さがある。
 屋上での朝食を終え、暖野はただ何を考えるでもなくぼんやりしていた。
 手すりにカップを置き、立ったままコーヒーを飲む。
 昨日はほとんどの時間を屋上で過ごした。部屋に引きこもっているのは憂鬱だった。読むことが可能となった本を、パラソルの下で暖野は読み耽っていた。
 今日は買い物に出るつもりだった。早く出ても以前のように店が閉まっている可能性があるため、時間潰しをしているというわけだ。
 駅に列車が来る気配もなく、湖にも船はない。
 暖野は息をついた。
 結局また、歩きになるのかと思うと気が滅入る。
 学校ではあれほど目まぐるしく時間が過ぎて行くのに、ここではまるで時の流れを感じさせない。自分がこの世界のために何か出来ているのか、目的に少しでも近づけているのか、その実感もない。
 果ての見えないどこまでも青い湖。そこには――
「あれ?」
 沖の方で、何かが光った気がした。
 目を凝らしてみる。だが、光はもう見えない。見渡しているうちに、それがどこにあったのかも判然としなくなってしまった。
 見間違いだったのだろう。きっと光の加減でそう見えただけなのだと思った時、また光が見えた。
「あれ――」
 暖野は指をさす。「何だろう?」
 それは光っているのではなく、どうやら朝の陽光を反射して輝いているようだった。
「何でしょうね」
 マルカも沖合を眺めて言う。
「ねえ、望遠鏡とか持ってる?」
 暖野は訊いた。
「さあ、持って来た覚えはないですが」
「私、ちょっと見てくる」
「私も行きます」
 マルカがついて来ようとする。
「マルカはあれを見張っていて」
 目を離している間に、また消えてしまわないかと思った。
「大丈夫だと思います」
 マルカが言う。「あの方角なら、ノンノの部屋からも見えます。それに、私の部屋にも荷物がありますから」
「そ――そうね。うん、じゃあ一緒に行こう」
 二人はそれぞれの部屋に戻り、荷物を調べ始めた。
「望遠鏡、望遠鏡」
 暖野は声に出しながらリュックの中をまさぐる。「双眼鏡でもいいから」
 着替えその他をベッドの上に放り出し、奥の方に手を突っ込む。
「あ、これかな」
 それを引き出す。
 花柄の円筒だった。
「まさか、ね……」
 覗いてみる。
 紛れもなく万華鏡だ。
「何でこんなものがあるのよ!」
 暖野はベッドにそれを放り投げた。
「どうしました!?」
 開け放したままのドアから、マルカが駆け込んでくる。
「私は望遠鏡って言ったのに、あれは何なの?」
 マルカは暖野の指さした物を手に取り、覗き込む。
「万華鏡ですね」
「そんなこと分かってるわよ。望遠鏡が欲しいって言ったのに、どうして万華鏡が出てくるのよ」
「そんなことを言われてましも……」
 マルカが困った顔をする。
「もう、仕方ないわね」
 暖野は言った。マルカに八つ当たりするようなことではない。「で、マルカの方はどうだったの?」
「それがですね……」
 マルカが手に持っているものを差し出す。「これなんですが、何なのでしょうか?」
 暖野は呆れて言葉を失った。
 彼が手にしているのは潜望鏡――ではなく、どう見ても先の曲がったただの鉄パイプだった。
 こんなふざけた状況に付き合っている余裕はない。暖野は窓際へ行き、沖の方を眺めた。その輝きはまだあった。それも、心なしか大きくなっている気がする。
「マルカ、準備するわよ」
 船かも知れないと、暖野は思った。そうでなくとも人工の何かであることは確かだろう。船だったら、宿を引き払う支度をした方がいい。
 マルカは荷物を片付けに部屋に戻った。
 暖野は、あれが船であることを願った。
 ベッドの上に散乱したものを、またリュックに詰めてゆく。役に立たない物のために余計な作業が増えてしまった。最後に本を仕舞う。すぐ使うもの以外で重いものを最後に入れるのは、パッキングの基本だ。
「終わった?」
 暖野は隣の部屋へ声をかける。
「すみません。まだ半分しか終わっていなくて。もう少し待ってください」
 マルカが叫び返してきた。
 窓から湖の方を確認する。
 それはもう光の点ではなく、明らかに人工物だと分かった。さっきよりも更にこちらへ近づいている。だが、まだ随分遠くに見える。
「まだ大丈夫みたい。そんなに急がなくていいわ」
 暖野は言った。
 入れ忘れたものはないか確認する。
 クローゼットの中、浴室。忘れ物はない。
「あ、いけない」
 使えないからと放置していた、携帯電話の充電器がコンセントの近くにあった。ここでは必要なくとも、現実世界に戻った時にないと困る。
 自分の荷物をドアの脇に置き、マルカの部屋を覗く。
「手伝おうか」
 暖野は訊く。彼の周りにはまだ幾つもの品物がある。
「いえ、いいです。それより、やっぱり船だったんですか?」
 手を休めずにマルカが訊く。
「まだ分からない。でも、多分間違いないと思うわ」
「そうですか。まだ少しかかりますから、ノンノは下で休んでいてください」
「本当に手伝わなくていいの?」
「ええ」
 マルカが言いかける。「あ、そこの鞄だけ持って降りてもらえますか?」
 それは暖野の学生鞄だった。
「分かったわ。じゃあ、下で待ってるね」
 リュックを背負い、鞄を手に取る。
 懐かしい重みだった。通しで半月以上も前になるのか、これを毎日使っていた日々が遠く感じられる。
 荷物を1階のホールに置く。
 ここからでは湖は見えない。
 お茶くらいは飲んでいる時間はありそうだと、暖野は食堂に入る。ティーポットには既に淹れたてのお茶が満たされていた。
 暖野はポットと二人分のカップを盆に載せ、マルカの部屋へ向かった。
「お茶、飲むでしょ」
 まだ荷造りをしているマルカに、暖野は言った。
「ああ、有難うございます。助かります」
 荷物はあと少しで片付きそうだ。お茶をカップに注ぎ終えると、暖野は自分の部屋の窓から湖の方を眺めた。
 それは近づいてきてはいるものの、まだ遠くにある。
「ノンノ、終わりましたよ」
 マルカが声をかけてくる。
「分かったわ。今行く」
 暖野は窓を閉め、部屋を出た。
 マルカは床に座ったまま、お茶を飲んでいた。
「まだ大丈夫なんですよね」
 マルカが訊く。
「ええ、まだしばらくはね」
 暖野はベッドに腰を下ろしながら言った。「何だかバタバタしちゃったわね」
「仕方ありませんよ。私も少なからず興奮しましたから」
「少しずつ大きくなってるみたいなんだけど、本当にここに来るのかしらね」
「来ると思いますよ。これまでも、そうだったじゃありませんか」
「うん」
 彼の言う通りだ。トンネルでの汽車以外は、全て自分たちを迎えるために来ていた。だとすれば、あれもきっとそうに違いないだろう。
「あれ? 今、何か聞こえなかった?」
 ちょうどカップをソーサーに戻した時だったため、実際に聞こえたのかどうかはっきりしない。
「私も、何か聞こえたような気がします」
 マルカが聞き耳を立てる。彼にも聞こえたということは、空耳ではなかったということだ。
 あれは……