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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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 最初から指定された間違いは目には見えている。しかし、ここはこうであるはずだという固定観念が邪魔をして、それに気づけない。人間は、自分が見たいものを選択的に見ている。たとえそれが見えていたとしても、気に入らないものは認知されない。
「不可能に近いですね」
 教師は答えた。「しかし、その全てを認知出来なくとも、記憶することは決して不可能ではありません」
「記憶できるのに、認知は出来ないのですか?」
「記憶と認知は別ですよ、ミズ・タカナシ」
「それは、一旦記憶してから認知するということでしょうか」
「逆もありますが、この場合はその通りです。人間はほぼ完璧な記憶を持つことは可能です。なぜなら、目に見えたもの、耳で聞いたもののほぼ全てを脳が記憶しているからです。ただ、ここで問題となるのは、その記憶を引き出す側の意識が恣意的に情報を加工したり隠蔽したりしてしまう、或いは認知することを拒否してしまうことにあるのです」
「つまり、情報の完璧なコピーをとって、そこから必要なものを取り出す。そこで意識しないものは認知されない、ということですね」
「そうです。ですが、ここで問題があるのです。あなたにはそれが何か分かりますか?」
「全ての情報を記録し、必要な情報を取り出す」
「はい。そうですね」
「必要とされない情報は、取り残される――ということでしょうか」
「そうですね。半分正解です」
「では、残りの半分は?」
「その残された情報が後々にわたって必要のない情報なら問題ありません。例えば――」
 教師は窓の外を示す。「外を見て、視界の隅に鳥が飛んでいたとします。それを見た人は、意識していなくとも脳が記憶します。それがその後も何の問題もなければいいのですが、その直後に重大な事件や恐怖を感じる出来事が起こった場合、どうなるでしょう?」
 皆が黙る。暖野も、教師が何を意図しているのか図りかねた。
「いいでしょう」
 教師が言う。「結果を先に言うと、以後鳥を見ただけで、そこに何かしらの意味付けをしてしまいます。それは、無意識が鳥と出来事を結び付けてしまうからなのです。本来なら全く無関係な出来事同士を、無意識が関連付けてしまう。この典型的な例が迷信というものです」
「では、目に見えたものは可能な限り意識の側で認知していく必要があるということでしょうか」
「出来るならば、それが望ましい解決法ですね」
「でもそれは、不可能ということなんですね」
「超人でもない限り、不可能です。なぜなら、無意識に較べて意識は極めて小さな容量しかなく、その上極めて保守的だからです」
「すみません」
 アルティアが手を挙げる。
「それは、かつての文明の哲学的限界と関係があるということで、よろしいですか」
「そうです。人間に神の認識は不可能です。そもそも神と言う定義すら曖昧なのですから、認識に神を持ち出すこと自体に誤りがありました」
「それで、現象学が生まれたという」
「そうです。現象学は今ここで起こっている事象についての学問です。ですが、今ここで起こっているだけではなく、そうなるに至った経緯も考慮に入れなければならない。当時としては、かなり厄介な学説でした」
「今は心象論に統合されていますよね」
 アルティアが言う。
「はい。しかしながら学問というのは明確な線引きができないのは承知しているでしょう。それぞれの学問を個別に解釈するのではなく、学際的に柔軟に捉える思考こそが当学院においては求められている。もちろん、あなたたちはそれが可能だからこそ、ここにいるのですがね」
 それは、暖野にも分かった。歴史は考古学と被るし、遡れば生物学、天文学や物理学にもなる。
「それならば――」
 その声で、暖野は振り返った。フーマが立ち上がっていた。「なぜ、実習には一人の教員しかつかないのか、お教えいただきたいのですが。それほどまでに現象に深く関わっていながら、予見することを選択的に拒否していたとも取れますが」
 教室内にざわめきが拡がる。
「ふむ」
 教師が、顎に手を当てる。「フーマ・カクラ君だったかな、君はそのことに何か不満があるのですか?」
「あります」
「それは、どういう?」
「昨日の実習でも、危うく危険レベルの事態を招く事故がありました」
「そうですね。でもそれは、あくまでも事故であって実習にはつきもの。立ち会う教師はそのことを知っているはずですが」
「それで、生徒一人の生命を危険に晒しても、ただの事故とお思いか」
 暖野は驚いた。まさか、あの時人命に関わるような大それたことを自分がしていたのか、と。しかも、人ひとり――それは、とりもなおさず自分のことではないのか、と。
「確かに」
 教師は言う。「君の懸念は妥当だし、我々とて無能ではない。なので、今後はヘルメス学級には実習に2人の教員がつくことに決まっています」
「二人で充分だと? 専門知識を持つ複数の担当者が必要と感じられますが」
「それは、君が分かっているのではないのですか?」
 しばしの沈黙の後、フーマが言った。
「分かりました。今後の状況を見極めます」
「よろしい」
 教師が教室内を見渡す。「そういうことです。今後、ヘルメス学級の実習には最低二人の指導員がつくことになります。よりきめ細かな対応が可能となりますが、指導方法は厳しさを増します。それも諸君のためです。覚悟しておいてください」
 不満の声が教室内を満たす。
 教師が手を叩いて静粛を求める。
「午後の授業は、特別実習に充てられることになっています。休憩後は前庭へ集合するように」
 授業が終わった後、リーウがすぐに声をかけてきた。
「お昼終わったら、実習だって! それも指導員二人だってさ!」
「いいじゃない、ちゃんと見てもらえるんだし」
「手抜き出来ないじゃないの!」
「リーウは空を飛びたいんでしょ? ちゃんとしないとダメじゃない」
「何で私が怒られるのよ」
 リーウが不満げな顔をする。
「飛びたいなら、しっかりやりなさいよ。それがリーウの夢なんでしょ」
「そ……そうだけど」
「じゃ、文句言わない」
「分かったよぉ……」
 リーウが恨めし気に言った。「でも、私の可愛いノンノは、どこ行っちゃったのよぉ……」