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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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6. 迷信の誕生


「起きて!」
「え、何? どうかしたの?」
 暖野は目をこすりながら言った。
「どうしたこもうしたもないわよ! さっさと起きて!」
 リーウが腕を引っ張って無理に起こそうとする。
「痛いって! 何を慌ててるのよ!!」
「遅刻よ!」
「え?」
 そうか、この部屋に目覚ましはなかったんだ――
 暖野は飛び起きた。
 懐中時計を見ると、既に2時間目が始まっている時刻だった。暖野は通いだからいいとしても、リーウはそうではない。それに、今は暖野も寮に入っている。
 急いで身支度をしながら、暖野はあることに気づいた。
 どうせ授業中なんだ――
「リーウ」
 暖野は言った。「そんなに慌てなくて、いいんじゃない?」
「どうしてよ。怒られるよ」
「出なけりゃ、怒られない」
 リーウが、暖野を見つめ返す。
「あんた、変なとこで根性据わってるのね」
「私の学校ではね、5分遅れたら欠席扱いになるのよ」
「なるほど」
「後で怒られるけどね」
「なんだ、それじゃ一緒じゃない」
「朝一(あさイチ)から怒られるよりはマシ」
「確かに、それは言えてる」
「じゃ、顔洗ってご飯行こう?」
「そうだね。たまには堂々とサボってみるのもいいかも」
 二人は顔を見合わせて笑った。
 そうと決まれば、急ぐこともない。
 ゆっくりと身支度をし、食堂で朝食を摂る。適当な時間を見計らって寮を出て、3時間目前の休憩時間に教室へ入った。
 暖野は当然の如く、フーマがいるかどうかをまず確認する。
 彼はいた。その視線を受け止めると、暖野にだけ分かる程度に目だけで挨拶をした。
 暖野はそれに微笑んで返した。
「お二人とも、随分と余裕ね」
 アルティアが声をかけてくる。
「あ、おはよう」
「マーリさん」
 暖野のあいさつを無視して、リーウに厳しい目を向ける。「あなた、また夜更かししてたんでしょう。タカナシさんを巻き込むのは、どうかと思うわ」
「え――あ、違うんです。私のせいなんです」
「何が違うのよ」
 慌てて弁解する暖野に、アルティアが返す。
「これには事情があるんです」
「夜更かしに付き合わされてたんでしょう? それくらい分かるわ」
「だから、違うんですって!」
 本当は全然違わないのだが、輪をかけて遅く登校するよう唆したのは暖野の方なのだ。リーウだけが責められるのはおかしい。
「庇っても無駄よ」
「そうじゃなくて。私が倒れてしまって――」
 暖野は言い募った。そして、半分は出まかせで口実を述べた。昨日は元の世界で朝から晩まで過ごした後でここに来たこと、そのままここで夜まで起きていたせいで時間酔いが酷く、朝から熱を出してしまったと。
「それで、マーリさんが看病してったっていう訳ね」
 アルティアは納得してくれたようだった。「それならそうと、連絡くらいしなさいよ」
「すみません。心配かけたくなかったから」
「タカナシさんはいいのよ。ここのこと、あまり分かってないんだし」
「先に行くように言ったんですけど、心配してくれて」
「分かったわ。でも、遅刻は遅刻。ちゃんと自分たちで説明しなさいね。口添えはしてあげるけど」
「ありがとうございます」
 暖野は頭を下げた。
「ノンノって、嘘が上手ね」
 席に着く暖野に、リーウが小声で言う。
「本当のこと、言ったら良かった?」
「いいわけないじゃない」
「じゃあ、この話はおしまい」
 鐘が鳴る。リーウは自分の席に戻って行った。
 この学校で一番退屈といわれる統合科学史。
 どうせなら、もっと実用的なことを教えてくれたらいいのにと暖野は思う。こういう所ではむしろ、理論と実習だけの方が技量を高められてよいのではないかと。
 教師の読み上げる内容を聞きながら、暖野は別の教科書を見ていた。とりあえず指名されても答えられるよう、片耳だけは授業に向けて。
 心象論。生理学及び心理学の学問で、心身一如の考えに基づき精神学的要因が身体に及ぼす影響、および生理学的要因が精神に及ぼす影響について探求するとされている。以前に音楽と色の効果について習ったのと同じものだ。
 勝手にボートが流されたり最悪なタイミングで嵐に遭ったりする原因が知りたかった。フーマに訊けば教えてくれるだろうが、出来る限り自分で学び取りたかった。
「――ミナタエンは――」
 知っている名を聞いたような気がして、暖野は顔を上げた。
「――この時空間特異点を第九三四象限より転移させた小惑星上に形成し――」
 気のせいだったようだ。暖野は再び自分の勉強に戻った。
 もしこの時、統合科学史の教科書を見ていれば、暖野の反応は全く違うものになっていただろう。
 なぜなら、そこにはこう書かれていたからだ。

――ファーシェル・アゲハ・ミナタエンは特殊統合科学の重要性及び危険性に鑑み、通常空間から独立した特異点に初期研究施設を創設することを提案した――

 だが、暖野はそれにも気づかずに机の上の教科書のページをめくってしまった。
 幸いなことに、時間中指名されることはなかった。教師はただ延々と教科書を読み上げているだけだった。
 試験がないのなら、当然そうなるのも頷ける話だった。
 授業が終わっても、暖野は席を立たなかった。そのまま自分の席で教科書を読み、重要と思われるところを書き写していた。
 フーマと話したいのはやまやまだが、15分の休憩時間では何もできない。ほんの少しの間でも話をしたかったが、大勢の前で話しかけるのも躊躇われた。
「ノンノ」
 ノートを取っている暖野に、リーウが話しかけて来る。
「ん? 何?」
「やけに熱心じゃない」
「うん。出来ることは、やっておこうと思って」
「ホント、真面目ねえ」
「そういうのじゃなくて、また昨日みたいなことになったら嫌だから」
「そうね」
 リーウが顔を寄せる。「これ以上、フーマに怪我させられないもんね」
「うん」
「え……」
 リーウが意外そうな顔をする。「突っ込まないの?」
「どうして?」
「い……いや、何でもない」
「そう」
 暖野は自分の勉強に戻った。
 次の授業は心象論だ。そのためにも予習しておきたかった。
 フーマの方に目をやると、ほんの一瞬だけ目が合った。それだけで、暖野は満足した。偶然目が合ったのではなく、気をかけてくれているのが分かったから。
 フーマの席は、暖野の席よりも後ろにある。
「あんた達が羨ましいわ」
 リーウが言った。
 暖野は、自分でも今までこれほど真剣になったことはないほどに、真面目に授業を受けた。
 ノートを取るのも追い付かないにもかかわらず、その上自分の感じたことを走り書きしたり仮説をメモしたりまでした。それは単に責任感からだけではなく、授業そのものが面白かったからでもあった。
「先生」
 生徒全体に質問を求めた教師に、暖野は手を挙げた。「それは、人間は目に見えた全てのものを認知することが可能だということなのでしょうか」
 これは、間違い探しの例えで人間の視覚の指向性に対する質問だった。
 二つの絵を較べての間違い探しは新聞などでも定番の暇つぶしだが、4つか5つ見つけてしまうと後がなかなか見つからない。それは記憶の定着と視覚認知の指向性・偏向性によるものだと言うことだった。