久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下
5. 翳り
フーマは最終便を待たずに男子寮へと去った。暖野も共に行くと主張したが、それは拒否された。一人で帰すわけにはいかないと、フーマは言ったのだった。
ビークルを見送って、暖野は寮へと入る。
あてがわれた部屋は、前とは違う二人部屋だった。まずそちらへ向かうべきか、リーウに会うべきか、暖野は少し迷った。
廊下でアルティアと出会う。
「タカナシさん」
「はい」
「今日は、寮なのね」
「ええ。戻れるかも知れないけど、一応」
「そうなのね。通いも色々大変ね」
「はい」
「……」
「どうかしましたか?」
急に黙って見つめてくるアルティアに、暖野は言った。
「ううん、何でもない」
「はあ……」
「じゃあね、また」
そう言うと、アルティアは食堂の方へ歩いて行った。
いつもの様子とはどこか違う彼女に、暖野は首を傾げる。
雰囲気が、どうも曇ったような感じ。そう、どこか寂し気と言うか、虚ろと言うか。何か引っかかるものを感じながらも、暖野は自分の部屋へと向かった。
夕食時で、何人かの生徒と行き違う。暖野だけが皆とは逆の方へと歩いて行く。
三階の裏手に向いた一室。カーテンを開けると、暮れてしまった光景の中に、以前登った丘が見えた。
二段ベッドの下段に腰を下ろし、溜め息をつく。
「疲れたな……」
誰にともなく呟く。
そして、左手に目をやる。
これを見たら、リーウはまた冷やかすんだろうなと、暖野は思った。
荷物もない殺風景な部屋。机の上には、せめてもの気遣いなのか、花瓶に一輪の花が挿してあった。
一人でいると、今日起こった様々なことが思い出されてくる。図書館での出来事、実習での失態と、そのせいでフーマに怪我をさせてしまったこと。そして、さっきの話。
未来では、人間同士の接触はほとんどないという。
暖野は複雑な思いだった。
そんな世界から来て、ここで人を好きになる。
どの時代でも、愛というものは不変だと言うことか。しかし、リアルな出会いやふれあいがない中で、どのように愛情が生まれるのだろうか。
着替えようとして、暖野は立ち上がる。そして、そのようなものはないのだと言うことに気づいた。クローゼットの中を見てみたが、そこは空だった。向こうの世界のようには都合よくはいかないらしい。
結局、こうなるのか――
暖野はリーウの部屋へと向かったのだった。
ドアをノックしても、何の反応もなかった。声をかけても返事はない。
「食堂にでも行ったのかな」
着替えがなければ風呂にも行けない。廊下を元来た方へ歩きかけた時、後ろから呼び止められた。
「ノンノ」
リーウだった。「やっぱりノンノだったのね」
彼女は隣の部屋から頭だけを出して言った。
「ごめん、私――」
「着替えでしょ?」
「うん」
「ちょっと待って」
リーウは一旦頭を引っ込めると、奥で二言三言話してから出て来た。手には布の袋を持っている。「はい、これ」
「これって……?」
「着替えよ。あんた、私のは気に入らないでしょ?」
「気に入らないって言うか……」
「彼女、おとなし目の趣味してるから、その方がいいと思って」
「あ、ありがとう」
暖野は袋を見ながら言う。「で、その人は?」
「アンカよ。私もあんまり話したことないんだけど、本が好きみたいだし、ノンノと合うかなと思って」
「そうなの」
そう言って、暖野は今しがたリーウが出て来たドアをノックした。
「どうぞ」
声が聞こえる。
「失礼します」
控えめな声で暖野は言って、ドアを開けた。そして、思わず声を上げる。「あ――」
「あなたもここへ来るって聞いて、少しびっくりしたわ」
部屋にいたのは、昼に図書館で会った女生徒だった。「私はアンカ・メイカン。よろしくね」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくていいのよ」
「ええ。あの、これ。――ありがとう」
暖野は着替えが入っているという布袋を見せた。
「いいのよ。困ったときはお互い様だから。気にしないで」
「じゃあ、遠慮なく借りておきます」
「どうぞ。他にも何か必要なものがあったら、いつでも言ってね」
「すみません」
アンカが笑う。
「この子の言う通りね」
そして、リーウの方を見やる。
「でしょ?」と、リーウ。
知らぬ間にまた、自分についての同意がなされてしまっているのに気づく暖野だった。
「じゃあ」
アンカに声をかけて、リーウが暖野を促す。
「失礼しました」
暖野の言葉に、アンカは手を振って応えた。
「で、ノンノはもう食べたんでしょ?」
廊下を歩きながら、リーウが訊く。
「え? まだだけど」
「そうなの? 私てっきり、一緒に食べて来たと思った」
「そんなの出来るわけないじゃない」
「まあそうよね。周りが女子ばっかりじゃ、あいつも落ち着かないだろうし」
そして、リーウは言い直す。「ま、あいつのことだから、そんなこと気にもしないかもだけど」
「もう!」
暖野が軽く突く。
「ごめんごめん。フーマのこと、悪く言うつもりはないよ」
「そんなんじゃないから」
「ありありじゃない」
「飛ばす?」
「だから、ごめんって。とりあえず食堂行こう」
「うん」
売店で並んでいる間、リーウはここで食べるか持ち帰りにするかを暖野に尋ねた。暖野はここでいいと答えた。
それぞれのプレートを持ち、食堂の隅に席に落ち着く。
「あんた達ってさ。なんかよく分からないカップルよね」
パンを千切りながら、リーウが言う。
「そう?」
「そうよ。ノンノったらデレデレだし、フーマはあんなんだし」
「でも、いい人よ」
「はいはい。もうごちそうさましたくなる」
「また」
「確かにあいつは、どっちかって言うといい男よ。でも、なんか掴みどころがないって言うか」
「そうね」
暖野はカップを手にした。「ある意味、突き放すような」
「そう! それなのよ」
リーウが突然立ち上がる。
「しっ! 大きな声出さないで」
「ごめん」
「彼はね、人と話すのがあまり上手じゃないって言ってたわ」
「そうなのかな……。学寮部での話しっぷり見てたら、そうは思えないけど」
「ああいうのは出来るんだって」
我ながら、こうも適当に言葉が継げるものだと暖野は思った。
「ふうん」
「誰かと親密に話す機会が、あんまりなかったみたい」
「そうなんだ」
意外そうに、リーウが言う。「フーマのやつ、ノンノには色々打ち明けてるんだ」
暖野は俯いた。
リーウは軽めの夕食を、暖野はジャスミンティーだけだった。
「彼は、みんなが思うような冷たい人じゃないわ」
「まあ、ノンノが言うんなら、そうなんだろうけど」
「いつも私を信じていてくれる」
聞こえよがしに、リーウが溜息をつく。
「あんたってばもう――。ベタ惚れじゃないのさ」
「そうよ」
自分でも驚くほどにはっきりと、暖野は言った。「だって、好きだから」
「あらあら」
「リーウのおかげで慣れたわ」
「変わったね、ノンノ。強くなった」
頼もしそうに、リーウは暖野を見る。
「彼も、そう言ってた」
「女は恋して強くなるって言うしね」
「そんなのじゃないと思うけど」
「いいなあ、ノンノは」
作品名:久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下 作家名:泉絵師 遙夏