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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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4. 感情の所以


「ねえ、あなたの世界の話をして」
 暖野は言った。
「未来の話をするのは、あまり好ましいことではない」
 フーマが答える。
「でも、フーマと私の時間線は、必ずしも繋がってはいないんでしょう?」
「ああ。それはお前の時間にいる誰かの行動によって常に変化する。当然、お前の行動もな」
「だったら、今私たちがこうしていることも、影響している?」
「そのはずだ」
「私たち、本当はこんなこと、しちゃいけなかったのかな」
 後ろめたいような気持に、暖野はなった。
「それは違うだろう」
「どうして?」
「出逢うこともまた、運命だからだ。もし、そういうものがあるのならな」
「そうね……」
「ただ言えることは、お前も俺も、戻る世界は自分の元いた世界だということだ。それが揺らぐなどとは考えない方がいい」
「ええ」
「そうだな――」
 フーマが少し考えてから話し出す。「俺の世界では、感情は価値を生み出すものであって、ある種の資産だと捉えられている」
「私の世界とは、まるで逆ね」
「そうだな。お前の時代は、心や魂と言った無形のものに対する価値観が非常に低かったようだからな」
「私の時代って、未来ではどんな風に思われてるんだろ?」
「生命的本能から乖離した欲望の時代。救いのない表現ではあるが、そう呼ばれている」
 その通りかもしれないと、暖野は思った。自分の責任ではないにもかかわらず、恥ずかしく感じた。
「でも、フーマはあまり感情を出さないよね。どうして?」
「感情の表出方法は一つではない」
「でも、あまり無表情だと、寂しいというか……」
「反応が欲しいんだな」
 はっきり言われてしまうと、返す言葉もない。
「俺の時代では、人間同士の生身の接触はほとんどない」
「それって、ネットとかそういうこと?」
「お前の言うそれが、インターネットというものならば、その発展形と思ってくれたらいい」
 なんだかSFの話のようだと、暖野は思った。
「あなたの時代では、人間同士はネットで繋がってて、直(じか)に顔を合わすことは少ない、そういうことね」
「そうだ。俺たちは普通、疑似人格を使ってやり取りをしている」
「じゃあ――」
 暖野は、フーマの頬に触れた。「こういうのも、ないのね」
「疑似体感モードを使えば可能だ」
「でも、それはあくまでも作られたものでしょう?」
「そうだな。ただ、ほとんどの人間は、それが普通だと思っている」
「私の世界も酷いけど、あなたの世界も何だか冷たくて寂しそう」
「ああ。俺もそう思う」
 心なしか、フーマの表情が翳ったように見えた。
「あなたは、自分の世界が好き?」
「分からない。ここへ来るまでは他の世界など知らなかったからな」
「私は、自分の世界が好きよ」
「それは、お前が幸福だということか?」
「ええ。私の時代は確かに最悪かも知れない。でも、そこには友達もいるし、お母さんやお父さんもいる」
「家族、というやつか」
「まさか、あなたには家族はいないの?」
「いる。だが、それも本当の家族かどうかは分からない」
「それで、あなたは寂しくなかったの?」
「それが普通だからな」
 そうか、と暖野は思った。
 トイも、寂しさや悲しさを知らなかった。それと同じようなものなのか、と。
「寂しいとか、感じない?」
「俺には、それは分からない」
「私ね」
 暖野は言った。「そんな子どもを知ってるの」
「寂しさを知らない子どもをか?」
「そう。その子は会った時、寂しさや悲しさ、心配とか安心って感情の意味を知らなかった」
「寂しさと悲しさ、それは心配や安心とは別だろう?」
「ええ」
「その全てを知らなかったと言うのか? 俺は、案ずることは出来るが」
「その子が、寂しさと悲しさ、心配のことをどう言ったと思う?」
「……」
 暖野は、フーマの目を真っ直ぐに見る。
「痛いって、言ったのよ」
「痛い、か……」
「あなたは、そういうことを感じたことはなかったの?」
 フーマが黙る。そして、ややあって口を開いた。
「ある」
「どんな感じだった?」
「多分同じだ。――痛い」
「それは、今もそう?」
「今は、違う」
「どういう風に?」
 暖野はその顔を覗き込む。
「俺はここに来て、多くの生きて動いている本物の人間を見た」
「私の世界には、もっと多くの人がいるわ」
「羨ましいな」
「簡単に羨ましがらないで」
 暖野の時代、人は確かに多い。人口爆発で地球の将来が危ぶまれるくらいに。だが、それだけではなく、人口の密度に較べてそれぞれの関係性は希薄だった。
「すまない」
「謝らなくていいのよ。だってあなたは、それを知らないだけなんだから」
「ああ」
「あなたも私と同じ人間。ただ、それをどう表したらいいか分からないだけ」
「そうかも知れない」
「ねえ、聞いていい?」
 暖野は手元に落としていた視線を上げて言う。「どうして私なの?」
「どうして、と言うと?」
「どうして、私を好きになってくれたの?」
「それは、お前がお前だからだ。それ以上でも以下でもない」
「それじゃ納得できない」
「何故だ? 愛しているというだけでは不満なのか?」
「そうじゃないの。あなたは、多くの感情を知らない。なのに、どうして私を好きだって言えるのか、聞きたいだけ」
「そうだな」
 フーマは宙を見る。「正直に言おう。俺は、記憶にある限り生身の人間に触れたことはない」
「それって――」
「そうだ。お前が初めてだ、暖野」
「じゃあ、初めて触れたのがリーウだったら、フーマはリーウを好きになってたってこと?」
「それは違う」
「どうして、そう言えるの?」
「俺は、お前の最初の実習の時に思った」
「何を?」
「お前を、もっと知りたいと」
「それは、私の力のせい?」
「最初はそうだと思っていた。お前は自分で思っている以上の力を持っている。だがそれに気づいていない」
「そうね、あなたの言う通りよ。今日も助けてもらったんだし」
「だが、それだけではない。――お前を見ていると、自分の内側からこれまでに感じたことのないものが湧き上がって来るのを憶えた」
「それは、どんな感じ?」
 暖野は、フーマの目から視線を逸らさないまま訊く。
「守りたい」
 その視線を受け止めつつ、フーマが言う。
「それだけ?」
「近くにいたい」
「ごめんね」
 暖野は言った。「試すようなことを言って」
「それは構わない」
「私は、ここにいるわ」
「ああ」
「触ってみて」
 暖野はフーマの手を取る。そして、自分の頬に導いた。
「どう?」
「温かい」
「うん」
「こうしていると、お前をもっと護りたい気持ちになる」
「あの時――」
 暖野は言った。「あなたは私を愛していると言ってくれた。でも、その時も愛って言葉、知ってた?」
「調べた。自分の感情がどういうものなのか」
「知識としてね」
「だが」
「うん、分かってる。その気持ちが、本物だって」
「俺は、お前に嘘を言うつもりはない」
 暖野は笑った。
「フーマって、嘘も知らなかったんじゃないの?」
「それくらいは知っている」
「え? ホントに?」
「だが、嘘に生産性はない」
「まあ、ね」