久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下
フーマが、暖野を見る。
「う、うん……」
暖野は言った。「出来たら、そうして欲しい」
「分かった。じゃあ、そうさせてもらう」
「あ、それと。ノンノの部屋を見るのは無しね。男子禁制だから」
「そんなことは、誰も言っていないが」
「でも、食堂なら大丈夫よ。寮監に声かけるだけでいいから。それと、ビークルは各時15分発、玄関前に着く。最終は――」
「リーウ、ちょっと」
勝手に説明し続けるリーウに、暖野は言った。「それじゃ、もうすぐ来るんじゃないの?」
そう、ビークルと呼ばれるものが来るまで、あと十分程度しかない。
「ノンノは、それでいいの?」
「……」
「せっかくの機会なんだしさ。ね?」
「うん……」
リーウがまた溜息をつく。
「仕方ないわね。途中まで付き添ってあげる」
そう言うとリーウは、寮監窓口で簡単な手続きをした。それから建物内を歩くと目立ってしまうので、わざわざ外に戻って食堂に向かった。
あまり目立たない外のテーブルに二人を座らせると、リーウがおどけて見せた。
「ようこそ女子寮テラスへ。ご注文は如何いたしましょう?」
「おかしな演技しないで」
暖野が咎める。
「じゃあ、二人とも一緒に来る?」
「それは――」
一瞬、フーマの方を窺う。「私も行く」
「それはダメ」
「どうしてよ」
「タカナシ」
フーマが口を挟む。「ここは、マーリに任せよう」
「はん! ちゃんと分かってるじゃない。で、何にする?」
「俺はコーヒーでいい、あればエスプレッソで」
「私は……」
なかなか思いつかない。「同じのでいい」
「はいはい、仲良しね。じゃ、ちょっと待っててね」
リーウは言って、食堂の方へ去った。
「無理をしているな」
その姿が建物内へ消えてから、フーマが言った。
「そうね。カクラ君……フーマにも分かるのね」
「ああ。お前は、その理由を知っているんだな」
「うん。あのね――」
「言わなくていい」
フーマが制する。「秘密を聞くことは、責任を負うことと同義だ。俺は、あいつの責任を負うことは出来ない」
「うん」
言い方は厳しいが、それはフーマなりの思いやりなのだろうと暖野は思った。それに本人の知らない所で、それが例え相手がフーマであっても言っていいようなものではないはずだった。
「ねえ」
暖野は言った。「足の具合はどう?」
「ああ、大丈夫だ。気にすることはない」
「気を遣って言ってくれてる?」
「俺にそれが出来ると思うか?」
「思うから、言ってる」
「そうか」
互いに見つめ合う。そして、暖野は頭に手をやる。
「前みたいに」
自分の髪を一本抜き、差し出す。
「暖野がそうしたいなら」
「フーマは嫌なの?」
「そうでもない」
「手を出して?」
フーマが右手を出す。
「こっち」
そう言って、フーマの左手を取る。
暖野はその小指に自分の髪を結わえた。
「私にも、して」
言われた通りに、フーマも暖野の左手小指に手を伸ばす。
「ちょ……」
不自然な態勢の二人を見て、リーウが呆然と立ち尽くしている。「あんた達、何やってるのよ!」
「な、何って……えっと、あの――その、ね」
「見ての通りだ。タカナシに髪を結んでやっている」
いや、それは確かにその通りだけど、そこは何でもないとか言ってよ――
「なんか、すごいの見せつけられちゃったわね」
「そ、そんなんじゃ――」
「いいのよ。まだ途中なんでしょ? 最後までしてもらいなさいよ」
弁解しようとする暖野を遮り、リーウが言った。
リーウが興味深げに見守る中、暖野は小指にその髪を結んでもらった。
それが終わるや否や、暖野は左手をテーブルの下に隠す。
「隠さなくたっていいじゃない。もう全部見ちゃったんだし」
「うん……」
「あんた達ねぇ。よくそんな恥ずかしいこと、平気でやれるよね」
リーウが二人の前にコーヒーカップを置く。「はい。アツアツ過ぎるお二人には、アイスクリームか何かの方が良かったみたいだけど」
「……」
はにかんで俯く暖野とは対照的に、フーマは悠然としている。
「もう、見てるこっちの方がドキドキしたわ」
「これは、そんなに特別なことなのか?」
「いいのいいの」
全く動じないフーマに、リーウは言った。「それが特別じゃないなら、あんた達の特別が何なのか教えて欲しいわね」
「私……特別」
暖野は小声で言う。
「そうね。見てたら分かる」
「あまり責めてやるな」
フーマが言った。
「責めてるんじゃないのよ。羨ましいだけ。それとね、他人ごとみたいに言わないのよ、フーマ」
「確かに、当事者ではある」
「この朴念仁」
「もう、やめてよ」
暖野はリーウの肩に手を置いた。
「ごめん」
気まずい沈黙が流れる。
「ま、冷めてしまうわよ」
リーウがその雰囲気を打ち破るように努めて明るく言って、コーヒーを勧めた。「お菓子も適当につまんで」
「うん、ありがとう」
「すまないな」
フーマと暖野が言うのが同時だった。
それを見て、リーウがまた笑う。
「さてと」
席を立ちながら、リーウが言う。「私は退散するから、二人で仲良くやってね」
「え? そんな……」
「じゃあ、ノンノ。また後でね。フーマは最終便に乗り遅れないようにしなさいよ!」
困惑する暖野を置いて、リーウは去ってしまった。
賑やかな人物がいなくなると、途端に微妙な雰囲気になる。
「俺がいたら、迷惑か」
しばらくして、フーマが言った。
「ううん。そんなのじゃないの」
「これは、そんなに恥ずかしいことか?」
恐らくフーマは全く別のことを考えていると、暖野は思った。フーマとしては、図書館での時のように力の共有としか捉えていないのだろう。
「あのね、この意味、知ってる?」
暖野は、髪を結んでもらった指を見せた。
「小指だろう?」
「そう。左手の小指」
「何か、意味があるのか?」
「あるわ」
目を伏せる。
こんなことも知らないなんて――
「昔からね――」
その指を見ながら、暖野は言った。「運命の人同士は、お互いの左手の小指が赤い糸で結ばれてるって言われてるの」
「そうなのか。だが、これは髪だ」
「そう。――でもね、糸に命はないけど、髪には命がある」
暖野はフーマの瞳を見た。
「そうなのか。そう言うことだったんだな」
「そう言うことなのよ」
そう、互いの命を、その力を結び合わせる。それはきっと、赤い糸などよりずっと強い絆であるはずだと、暖野は思った。
もし運命などと言うものがあるのなら、それを定める何がしかの行為をなすことは無意味ではないはずだった。
「そうか……」
フーマが言った。「ありがとう、暖野」
いくら何でも女子寮で口づけを交わすわけにはいかなかい。二人は互いの左手を重ね合い、その温もりを感じるだけで満足するよりなかった。
ただ、それだけでも暖野は嬉しかった。そうやって、触れていられる温かい手があるということが。
作品名:久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下 作家名:泉絵師 遙夏