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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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3. 


「今日は図書館に行くのは無理ね」
 暖野は言った。
「そうだな。急ぐこともないが」
「ええ」
 二人は教室へと向かっていた。
 フーマは医務室で借りた松葉杖をついている。今日の授業はすでに終わっていたが、二人にとって戻れる場所はとりあえず教室しかなかった。
 あの時、医務室に入って来たのは保健師だった。事情を説明して、勝手に薬品等を使ったことを詫び、部屋を辞した。しばらく休んでからでいいと言われたが、動いている方が楽だとフーマは断った。
「ノンノ、大丈夫だった?」
 途中でリーウに出会った。
「私は何ともないわ。怪我したのはカクラ君よ」
「そうだった」
 リーウが言う。そしてフーマに向き直る。「あんたもホントに罪な男ね」
「何のことだ」
「とぼけないでよ。さっきの、格好良かったよ。活劇見てるみたいだった」
「こいつはまだ、自分の力を制御できない」
 フーマがいつものように落ち着き払って言う。
 どうしてこんなにも冷静でいられるのか、暖野は不思議だった。端で聞いている自分の方が恥ずかしいのに。
「そうね。でも、そのこともちゃんと分かってるんでしょ?」
「ああ」
「ノンノのこと、大事にしてあげてね」
「心配ない」
「なに仏頂面で言ってるのよ、この果報者」
「もう、やめてよ」
 さすがに耐えきれなくなって、暖野は割って入った。
「ごめん。だって、フーマったらまるで動じないんだから」
「それが目的だったのか?」
 フーマのその言葉を聞いて、リーウが溜息をつく。
「もういいんだってば」
 暖野は言う。
「分かったわよ。ノンノがそれでいいって言うんなら」
「あんまり、からかわないで」
「そういうつもりじゃないのよ。でさ、ノンノはどうするのよ?」
「どうするって?」
「戻るの?」
「あ……」
 そうだった。自分がまたいつ戻されるかは暖野自身にも分からないのだ。
「もうこんな時間だし、とりあえず学寮部行く?」
「そうね……」
 暖野は考えた。放課後、いつまで校舎にいられるかも分からない。万一戻れなかった場合を想定して、リーウの言うように届は出しておいた方がいいのかも知れない。
 しかし――
 暖野はフーマの方を見た。
「俺が、どうかしたか?」
「あなたは、どうなの?」
「どうと言うと?」
 この人は真面目なのか、それともただの鈍感なのかと時々暖野は思ってしまう。
「私みたいに戻れなくなることって、あるの?」
「ない」
「自分の好きな時に来て、戻ることが出来るのね」
「そうだ」
「じゃあ、届はノンノの分だけでいいね」
 リーウが言う。
「待て」
 フーマが制する。「俺も、ここにいることが出来るか?」
 暖野とリーウは、しばし彼を見つめた。
「でも、フーマは戻れるって言ったでしょ?」
 リーウは言った。
「もしそれが可能なら、俺もここにいたい」
「ははーん。それって、ノンノと一緒にいたいってことね。でも残念。女子と男子の寮は別々なのよ」
「そんなことは承知している」
「そっか」
 リーウは納得したようだ。「少しでも長く、ノンノといたいのね。じゃあ仕方ない。一緒に来なさいよ」
 三人は学寮部へ向かうことにしたのだった。
 前回同様、滞在許可申請はリーウがやってくれた。しかしここで問題が発生した。暖野に関しては、前の滞在許可がまだ有効で、更新する必要もないとのことだった。問題は、フーマの方にあった。
「フーマ・カクラ。君は自身の意志で戻れるはずだが?」
 これについては、リーウも代わりに口上を述べることが出来なかった。だが、フーマは動じることもなくそれに応じた。
「この通り、傷病の身であり、元の時空へ戻るのも難儀である上、職務の遂行に支障を来す身であれば、この地にてしばしの休養を与えられたしと」
「フーマ・カクラ。そなたの世界では治癒にかけるコストは負えぬと、そう理解してよろしいか」
「そうではありません。ただ、我が世界においては治癒についても統合科学的技法を公に使用することは憚られ、こちらにおきましても実習時間外の技法の行使は禁じられております。可能であれば行使の許可を頂き、回復を早めたい所存であります」
「ふむ」
 窓口の男性が言う。「技法の行使については当学寮部の権限外故、本日については特別許可を与えることとする。以後についても滞在延長を申し出るのであれば、学院長の許可を得てくるがよかろう」
 暖野はその対応に驚きながらも胸を撫で下ろし、リーウは笑いを噛み殺していた。
「よかった」
 学寮部を辞して、暖野は言った。
「当然だ」
「って言うかさ、あんたは役者よね」
 リーウが半ば呆れたように言う。
「どこがだ?」
「嘘は言ってないけど、大体はあの問答で怖気づくのよ。だからみんな付き添いがいるの」
「そうだったのか? なら、俺にはそれが必要なかったと言うことだな」
「そういうことになるね」
「あ、あの……」
「あ、ごめん。ノンノの彼氏、取ったりしないから」
 おずおずと言いかける暖野に、リーウが笑う。
「そうじゃなくって――」
「それで、俺はどこへ行けばいい?」
 暖野が言いかけるのを遮るように、フーマが言った。
「男子寮よ」
 リーウが応える。
「それは、どこにある?」
「え? 知らずに申請したの?」
「それに問題があるのか?」
「い、いや。問題なんてないけど――」
 リーウが圧され負けしている。「男子寮は、女子寮の反対側にあるわ」
「それで、女子寮はどっちにある?」
「フーマ。学院きっての秀才なんだから、それくらい分からないの?」
「分かるなら、訊く必要はないのだが」
「駄目だわこれは」
 リーウがお手上げとばかりに天を仰ぐ。「ノンノ、こんなののどこがいいのよ」
「え? あ、どこって――」
 いきなり話を振られて、暖野は咄嗟には答えられなかった。
「学寮部で場所を訊けばいいのか?」
 フーマが問う。
「もう、いいわよ。教えてあげる。ついでに女子寮も。ノンノと会うのに必要でしょ」
「リーウ、ちょっと――」
「心配しなさんなって。ノンノにも男子寮の場所を教えてあげるから」
「変な気を回さないで」
 暖野はリーウを肘で突いた。
 三人はまず女子寮に向かった。校舎の裏手右側に女子寮はある。暖野も前に来たことがあるので、それは知っている。
「ここが女子寮」
 リーウが言う。次いで左手を指す。「それと、男子寮はあっちね」
「マーリ、助かった。礼を言う」
 フーマがいつも通りの口調で言った。
「で、フーマ。ノンノの部屋を見てみたくない?」
「ちょっと!」
 暖野は慌てて止めた。
「ふむ」
 フーマが表情も変えずに言う。「それはタカナシが言うべきことであって、マーリの独断は許されないはずだが」
「はぁ……」
 リーウが溜息をつく。「じゃあ、次は男子寮ね」
「この先だろう? 真っ直ぐでいいなら一人で大丈夫だ」
「話は最後まで聞くものよ」
「まだ何かあるのか?」
「これよ」
 リーウが鞄をまさぐって、一枚のカードを出した。
「生徒証がどうかしたのか?」
「学内ビークル。フーマ、その足で長く歩くのは辛いでしょう?」
「俺は問題ないがな」
「フーマはそうでも、ノンノが心配するの。ちょっとは気を遣いなよ」
「そうなのか?」