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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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「私は役目を果たしただけ。それよりも、早く医務室へ」
「カクラ君」
 暖野は、フーマを支えて立ち上がらせようとした。
「――つっ……」
 フーマの顔が歪む。
 気づかなかったが、足も捻挫しているようだった。
 暖野は胸が痛んだ。
「ホントにごめんなさい。私のために」
「守ると言っただろう?」
「でも」
「あなた一人で大丈夫? 誰か男子に連れて行ってもらった方が……」
 アルティアが言う。
「大丈夫です」
 暖野はきっぱりと言った。
「そう……」
 アルティアの表情は、どこか寂し気だった。
「歩ける? ゆっくりでいいから」
 肩を貸しながら、暖野は訊く。
「すまない。却って迷惑をかけてしまった」
「馬鹿……」
「どうしてだ?」
「私が迷惑がってると思ってるの?」
「違うのか?」
「決まってるでしょ?」
 傷んだ方の足が地に着くたび、フーマの顔が強ばる。暖野は何度も支える態勢を立て直しながら、校舎の入口まで辿り着いた。
「ここからは一人で行ける。お前は実習に戻れ」
 フーマが壁に身を預けて言う。
「嫌よ。私が付き添うって言ったんだから」
「馬鹿は、お前だな」
「失礼ね」
「お前には、実地訓練が必要だ。俺なんかに構っているくらいなら、少しでも回数をこなせ」
「そんなこと、分かってる」
「それなら、行けよ」
「嫌って、言ったでしょ」
 暖野は、フーマを真っ直ぐに見据えた。
「お前って、意外と頑固なんだな」
「そんなことは、どうでもいい」
 フーマが笑う。
「立場が逆転したか」
 言ってはみたものの、男の身体を支え続けるのはさすがに骨が折れた。
 フーマが壁を伝い、その反対側を支える形で医務室への廊下を進む。
「失礼します」
 暖野が言って、医務室の扉を開ける。
 本来ならいるはずの保健師の姿は、そこになかった。
「誰もいないようだな」
「とりあえず、入らせてもらいましょ」
 暖野は、フーマをベッドまで導き、そこに腰を下ろさせた。
「動かないでね」
 暖野は言った。
「大げさだな。ここまで来られたんだから、問題ないだろう?」
「薬、取ってくる」
「お前は――」
 フーマが言いかけるのを後に、薬品棚の方へ暖野は向かった。
 普通に考えればオキシドールやチンキ類だろうが、この世界でも同じ名前なのかは分からない。だが、目当てのものはすぐに見つかった。消毒液、除菌剤、保護チンキ。そのままの名前のラベルが貼られていたからだ。その他に脱脂綿、包帯、ピンセットを持って、暖野はフーマの元に戻った。
 それらを彼の傍らに置くと、洗面器に水を満たした。
「何してるの? まだ駄目じゃない」
 フーマが自分で脱脂綿に消毒液を染ませているのを見て、暖野は言った。「いいから、じっとしてて」
 暖野は自分のハンカチを水に浸し、フーマの傷口を丁寧に洗う。タオル類は何故か見つからなかったのだ。
 決して手際よくとまではいかなかったが、何とか包帯を巻き終えて暖野は息をついた。
「これでは、まるで重傷者だ」
「違うの?」
「こんなもの、かすり傷だ」
「無理しないで。足も挫いてるんだし」
「お前、少し変わったな」
 フーマが言う。
「そう?」
「ああ、落ち着いたというか。何と言うか――母親のような」
「失礼ね。私、子どもなんていないわよ」
 子どもと言った時、暖野は表情を曇らせた。「……私のどこを見て、母親みたいなんて言うの? それに、あなたはお母さんがどんなものか知らないんじゃなかった?」
「知識としてはある。その感じを学ぶことは可能だ」
「知識、ね……」
「だが、初めてここに来た時と比べて、大人の雰囲気が増したように思える」
「そうかな……。私には分からないけど」
 言いながら、それはトイのせいかも知れないと暖野は思った。
 トイのことを思い出すと、また心が痛む。
「何かあったのか?」
「うん……でも、まだ上手く言えない」
 そう、どこから何を話せばいいのか見当もつかない。今話せば、きっと脈絡のない愚痴のようなものになってしまうだろうと、暖野は思った。
「そうか。言える時が来たら、いつでも言え」
「うん、ありがとう」
「守るとか偉そうなことを言っておきながら、助けられてしまったな」
「ちゃんと守ってくれたわ。それに、助けたんじゃなくって手当しただけ」
「タカナシ」
 少しの沈黙の後、フーマが言った。
「何?」
「名前で呼んでもいいか?」
「え? ……うん……」
「やっぱり、嫌か?」
「そうじゃないの。ちょっと、照れくさいかなって」
「そうか。じゃあ、やっぱり――」
「じゃあ、私も、名前で呼んでいい?」
「お前がそうしたいなら」
「あなたが、そうしたいなら」
「暖野」
「フーマ……君」
「呼び捨てでいいぞ」
「じゃあ――……フーマ……」
 暖野は胸の裡に熱いものが込み上がるのを憶えた。
 二人は自然に顔を近づけ、驚くほど静かに唇を重ねた。
 授業終了の鐘が響く。
 医務室の扉が誰かによって引き開けられるまで、二人は互いを感じ続けた。