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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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2. 水の術式


 暖野にとっては二度目の実習、教師は前回と同じだった。
「では、横二列に並んで」
 言われた通り、生徒達は席順に二列に並ぶ。
「えー」
 教師が全員を見渡す。「君と君、それから――」
 前回同様、三人一組で班分けしてゆく。そして――
「君」
「はい」
 教師に差されて暖野は返事し、先の班の生徒たちがしたように前に進み出た。
「あとは……」
 そこで、教師は残りの生徒を見ながら腕を組んだ。「ワッツ、それからカクラ」
 呼ばれて二人が進み出て暖野の横に並ぶ。
 ざわめきが起こる。
 クラスでもトップの二人と暖野が組むことになったのだ。幾らか不本意ではあるものの、暖野も有名人ではある。トップ3が一つの組となると、驚かれるのも仕方がない。
「別々になっちゃったね」
 リーウが、暖野に言った。
「うん。でも、これって」
「最強組か。面白そう」
「変な期待しないで」
 目を輝かせているリーウに、暖野は言う。
「これから諸君に行なってもらうのは、降水術だ。雨を降らせるための初歩的技法だが、力の配分を誤ると大ごとになるのは同じだ」
 全員の班分けが終わると、教師が言う。「なので、諸君には班ごとに散開してもらう。三人がそれぞれ1回ずつ実演し、残り二人はサポートに回るように。では、開始!」
「タカナシさん、よろしくね」
 駆け足になりながら、アルティアが声をかけてくる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 フーマはその二人の後を少し遅れてついてきた。
「ワッツ」
 立ち止まってから、フーマが言った。「初めて組ませてもらうが、よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
 アルティアが、フーマに微笑む。
 雨を降らせる、か――
 暖野は思った。確か、本で読んだはずだった。
 だがあれは雨を止ませる方法だったはずだ。もしくは、雨に濡れない方法。気圧を変化させるとか、そのようなことが書かれていた。向こうでは雨が降らなかったため、読み流してしまっていた。
 つまり、それと逆をやればいいのね――
「じゃあ、まず私がやるわね」
 アルティアが言う。「タカナシさん、よく見ててね。それとカクラ君は説明をお願い」
「分かった」
 アルティアは二人から離れて立つと、目を閉じた。
「まず、精神統一」
 早速フーマが説明する。「それから……」
 フーマがその気配を読み取ろうとするかのようにアルティアを見つめる。「水をイメージする。それと同時に周囲の空間に防御線を張る」
「防御線?」
「雨を降らせる範囲を限定するということだ。それによって無駄なマナ消耗を抑えるという意味もある。注意して見ていろ」
「うん」
 アルティの周囲が霞み始める。やがてそれは水滴となって地に降り注ぎ始めた。
 不思議な光景だった。雨を降らせる雲もなく、雨滴は空中より湧き出てくる。アルティアの周囲、半径二メートルほどの地面が黒く濡れてゆく。
「ワッツの使っている方法は、ごく初歩のものだ。お前に合わせてくれている」
「水をイメージって、具体的にどうすればいいの?」
 暖野は訊いた。
「水をイメージする、それは出来るな」
「うん、多分」
「次に、そのイメージを放出する。内に向かうエネルギーを外側に向ける」
「意味は何となく分かるんだけど」
「内に向かうエネルギーと、外へ向かうものの折衝点を探れ。それが見つけられれば、後は解放ポイントを定める。それで降らせる水の量が決まる」
「こんなの、出来るのかなあ。私なんかに」
「出来る。保証する」
「またその自信満々」
 暖野は恨めし気にフーマを見た。
 技法の展開を終えたアルティアが、そんな二人の様子を見ている。
「次は、お前がやるんだ」
 フーマが肩を押す。
「え? いきなり?」
「大丈夫だ。言っただろう?」
「……分かったわ」
 暖野は言った。そして、フーマにだけ分かる声で。「守ってね」
「ああ」
 フーマが離れる。暖野はひとり、乾いた地面に取り残された。
「あなた達、お似合いね」
 アルティアが、傍に立ったフーマに言う。
「そうか?」
「妬いてしまいそう」
「俺はあいつをサポートする。ワッツは周囲を頼む」
 そんな言葉を気にも留めず、フーマが指示する。
「ええ。彼女のことは、あなたに任せる」
「始まったぞ」
 暖野は、言われた通りに水をイメージした。
 一体どれくらいのものを想像すればよいのか分からなかったが、とりあえず水を。
 脳裏に浮かんできたそれは……
 一面の湖水。穏やかな水面に風が走る――
「おい! やめろ!」
 フーマが叫ぶ。
「え?」
 暖野は目を開けた。
「お前、何をイメージした」
「水」
「それは分かっている。もっと落ち着くんだ」
「う――うん」
「深呼吸しろ」
 言われた通り、暖野は数回大きく呼吸した。
「よし。もう一度やってみろ。小さな滴でいい。あまり大きなものを想像するな」
「うん。分かった。やってみる」
 暖野はもう一度目を閉じる。
 水滴、滴――
 滴り落ちる滴。静かな水面に落ち、波紋を広げてゆく。
 滴――
 思考を内側に向けながら、反対側からその折衝点を探る。それは、上手くゆきそうでなかなか難しかった。そのポイントを見つけたと思っても、すぐに外れてしまう。完全に均衡する位置では静止状態の水滴がイメージ内に固定されるだけだった。
 なんか面倒くさいな――
「余計なことは考えるな。落ち着いて探せ。時間はある」
 フーマの声が届く。
 ここ、かな――
「あ……」
 水滴が頭に落ちるのが感じられた。
 一滴、また一滴。
 それは暖野の頭頂部に落ちてきた。
 これって、成功したのかな――
 って言うか、なんで頭の天辺に――
「もういいぞ」
 フーマが言った。
 途端に、暖野の緊張感が解ける。
「駄目!」
 アルティアが叫ぶのとフーマが駆け出すのが同時だった。
 フーマは暖野を突き飛ばし、すぐさまその体を受け止めて地面を滑った。
 何が起こったのか、分からなかった。
 気がつくとフーマに抱き止められて地面に転がっていた。
「カクラ……君」
 暖野は身を起こす。「大丈夫?」
「それは、こっちの台詞だ」
 同じく上体を起こしながらフーマが言う。
「ごめん」
「いや、謝るのは俺の方だ。術の止め方を教えていなかった」
 さっきまで暖野が立っていた場所は一面の水に覆われていた。気を抜いたせいで、制御を失ってしまったようだった。
「あ……」
 フーマの制服は砂に汚れていた。その上、腕を酷く擦りむいている。「血が……」
「大丈夫だ。この程度」
「駄目よ。消毒しないと」
 周りに人が集まって来る。
 教師が二人に歩み寄り、そして言った。
「タカナシ、医務室へ」
「はい」
 それから教師は、他の生徒たちに向かって声を張り上げた。「諸君は実習を続けたまえ。多少の事故は致し方ない。そのためのチームだ」
 言われて、三々五々生徒たちが散って行く。
「大丈夫?」
 アルティアが声をかけてくる。
「ええ、私は。それよりカクラ君が」
 フーマが身をもって庇ってくれたため、暖野はかすり傷ひとつ負ってはいなかった。
「俺は大丈夫だ」
 そして、フーマはアルティアに向かって言った。「助かった、感謝する」