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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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第5章 重なりゆく想い 1. リトル・レディ


 暖野は頭を上げた。
 トイは――?
 明るさだけが目に飛び込んでくる。
 ここは、灯台じゃない――!
 目が慣れてくると、周囲の状況が飲み込めて来た。
 ここは――
 いつか、リーウに時計を見せた際の爆発騒ぎがあった場所だった。
 暖野は食堂の外にあるオープンスペースにいるのだった。
 これまでで最悪のタイミングでの転移だった。
 トイが熱を出してそれを看病し、そして――
 目覚めたトイは、暖野を知らなかった。それどころか、トイと言う彼自身の名前さえも。
 あれは、どういうことだったのか。
 暖野は考えてみる。
 あの時のトイの表情は、まるで別人のもののようだった。明るく無邪気で、そして天真爛漫な子どもらしさの欠片もない無表情な顔。思い出しただけで、身震いしてしまうほどに冷めた目つき。
 思うより考えるよりも先に、どこか底知れぬ闇を想起させる鬼気迫る雰囲気。
 前回もそうだったが、リーウの姿もなかった。暖野の沈む心を断ち切らせる存在は、今この場にははいない。
 今回はトイとマルカの目前で移動してしまった。向こうでの自分がどうなっているのか、ここでは分かる由もない。ここでの通いの者がいつの間にかいなくなるように、彼らに見つめられながら存在だけが消えて行ったのだろうか。
 最後に見たトイの目が思い出されて、暖野はまた寒気を覚えた。
 マルカ一人で大丈夫だろうか――
 疲れているだろうに、自分まで倒れてしまったら――
 だが、今回は戻りたいとは安易に思えなかった。あのトイの目線、それに再び見据えられるのが恐ろしかった。
 テーブルの上に両腕を投げ出して、暖野は頭を伏せる。
 もう、こんなの嫌――
 そんな暖野を見て、声をかけてくれる人もいない。
 一人で延々考えていても、答えなど出るはずもなかった。
 今、何時なんだろう――
 暖野は懐中時計を見る。
 1時23分。
 午後の授業が始まって少し経ったところだった。道理で生徒の姿がないはずだ。
 でも、これはどうすればいいのか……
 飛ばされてきた時点で教室内で居眠りしているとかならまだしも、ここは外なのだ。授業中の教室に入って行くには勇気がいる。通いなのだから問題視されないとしても気が引けるし、何よりも恥ずかしい。
 とにかく、気を落ち着かせる必要があった。
 暖野は少し喉の渇きを覚え、食券売り場でフリードリンクのチケットを買った。何かは分からないもののグリーンソーダと書かれた飲み物をグラスに注ぐ。
 授業が終わるまで、ここで時間潰しをするしかない。その後、フーマに相談に乗ってもらおうと考えた。
 テーブルに戻ると、暖野はグラスを置いて腰を下ろした。
 ここへ来られるのは嬉しい。この上なく嬉しい。でも、向こうでは夜で、こちらは昼の1時半。まだそれほどではないものの、少ししたら眠気が襲って来るのは目に見えていた。
 突然の嵐のせいで、休む暇もなかった。遊んで充実していたのならまだしも、心配と不安の方が大きかった一日だった。
 飲み物に口をつける。
 それは、メロンとキウイの混ざったような甘酸っぱい味がした。
 そう言えば――
 ここの図書館って、借りられるんだっけ――
 暖野は思った。
 そうならば、何か面白そうなものを借りるという手もある。元の世界から持って来た文庫本はとっくに読んでしまったし、勉強は嫌いではないとしても普通のお話を読みたい。何か気晴らしになるようなものが必要だった。
 時間潰しのつもりでドリンクバーのチケットを買ったが、暖野は図書館に行くことにした。チケットには1時間有効と書いてある。気が向けば、また戻ってくればいいだけのことだった。
 暖野は残りのソーダを飲み干してグラスを返却口に戻すと、図書館へと向かった。
 途中の廊下でも階段でも、誰とも出会わなかった。通常は授業中に廊下を歩くことなどない暖野にとっては、却って静かすぎて不気味にすら感じられた。
 図書館に入る。
 やはり、司書席に人はいない。
 もしかしたらと室内を見回してみたが、フーマの姿もなかった。
 何、期待してたんだろ――
 暖野は自嘲気味に笑う。
 図書館には、何もおかしなものはなかった。例の隠し扉もなく、ただ至って普通の部屋。本が多く並んだ、どこにでもある学校の図書室だった。
 奥にあるはずの書庫は別として解放スペースにある本は、暖野の知っている限り貸出し可能なはずだった。隠し扉の一件で書庫の方は覗いたことが無かったが、借りられる本を探すのにそこへ行く必要は、今はないだろう。
 ストーリーブックの書架を見ているうちに、暖野はある場所で足を止めた。
 若草物語――
 言わずと知れた名作である。暖野も小学生の時に読んだことがある。初めてここに来た時にも見ている。
 だが……
 若草物語2-良き妻
 若草物語3-小さな男の子
 若草物語4-ジョーの子どもたち
「うそ……」
 暖野は思わず声に出していた。
 ハイジや赤毛のアンに続編があるということは知っていたが、若草物語にこれほどの続編があるとは知らなかった。
 若草物語は、それを初めて読んだ時から暖野の大のお気に入りのお話なのだ。
 暖野は迷うことなく、それを手に取った。閲覧スペースに腰掛けると、ページを開く。そして、瞬く間にそのストーリーにのめり込んで行った。
 扉が開く音がした。その前に授業終了を告げる鐘の音がしたのだが、暖野はそれに全く気づかなかった。
「あら」
 声をかけられて、暖野は初めて顔を上げた。
「あなた、ヘルメス学級の人ね。えーと……」
 その女生徒は暖野に言った。
「ノンノ・タカナシです」
「ああ、そうだった。思い出した。あの爆発事件の」
 まだ引きずってるんだ――
 暖野は複雑な気分になる。
 爆発女と言われたことは、暖野にとってトラウマなのだ。
「あなたも、本が好きなのね」
 その女生徒が言う。
「ええ」
「あ、それってリトル・レディね」
「はぁ、そうですけど」
「それ、私も好きよ」
「そうなんですか」
 暖野は言った。
「良き妻たちね」
「はぁ……」
「あなた、リトル・レディ好き?」
「はい。でも、4部まであるなんて今日はじめて知りました」
「そうよね。みんな二つしか知らないもの」
 言われて、その二つ目すら知らなかった自分を暖野は恥じた。
「すみません」
 暖野は言った。「ここで本を借りるにはどうしたらいいんですか?」
「ああ、あなたは通いだったのよね」
 女生徒が言う。「本の背表紙をかざして登録するだけ。1週間以内に返せばいい。――あ、通いの人は1週間って期限はないらしいけど、その辺は私は知らないから」
 指された方を見ると、司書席に食堂と同じような鏡があった。つまり、マナ認証というやつだ。
「ありがとうございます」
 暖野は言った。
「どういたしまして」
 女生徒はそう言うと、書架の奥へと消えて行った。
 そうか、ここでも本が借りられるんだ――
 暖野は少し嬉しくなった。
 貸出期間は1週間だと言っていた。ただ、通いの者はその限りでない。それを確かめるには――