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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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 ポットを火にかけながら、先ほど見つけた米を水に浸しておく。炊飯器が無くとも米が炊けるのは、クラブで教えてもらったからだ。普段はすることはないが、それができることに暖野は感謝した。
 二人分のカップを持って寝室に戻る。
 トイは今、先ほどより荒い息をしている。
 額に手を当てると、酷い熱だった。こういう時、無理に熱冷ましなどを服むのはよくないと聞いたことがある。それに、ここに薬があるとも限らない。ごくごく基本的な手当てが一番効果的なこともある。
 今は十分に暖かくして休むことが最良の薬のはずだった。
 暖野がタオルを濡らして、トイの額に載せると、微かではあるがその表情が和らいだように見えた。
「マルカも、今日は早く休んだ方がいいわ」
 暖野は言った。
「ですが、トイの面倒も見ないといけないですし」
「大丈夫、私がやるから」
「それは、いけませんよ。ノンノにまで倒れられたら――」
「心配してくれて、ありがとう」
 だが、ベッドはもう一人寝るだけのスペースしかない。
 一応どこででも寝られる自信はある。自慢できる話ではないが、花壇でも寝ていたのだから一晩くらいどうにでもなると、暖野は思った。
「ご飯、どうする?」
「あまり食欲はありません」
 マルカが答える。
「何か食べて体力つけないと」
「それは分かるのですが。――ノンノこそ、昼も食べていないではないですか」
「私も食欲ない」
「それこそ、良くないです」
「そうね」
 暖野は言った。「お粥作るから、一緒に食べましょう」
「手間をかけて、すみません」
「いいのよ。いつもやってることだし」
 水に浸しておいた米に水を足し、火にかける。粥だけでは物足りないだろうと探してみると、何故か鳥ガラ出汁があったため、それも加える。付け合わせになるようなものも具材もないが、この方がシンプルでいいのだろう、と暖野は考えた。
 鍋を気にしつつ寝室とキッチンを暖野は往き来した。マルカは時々タオルを絞ってかけ直してくれている。
 外はもう、夜だった。雨は止んでいるようだが、風はまだ強い。
 ある程度煮立ってくると、焦げ付かないように注意が必要だった。
 コンロの前に椅子を置いて鍋の番をしていると、さすがに疲れが出て来てつい眠ってしまいそうになる。
 眠気と闘いながら何度か米の固さを確かめているうちに、暖野はもう十分に食べたような気になってしまった。
 火を止めて寝室に入る。
 マルカも既に眠ってしまっていた。
「マルカ?」
 暖野は、軽く彼の肩を揺すって起こす。
「ああ、すみません」
「お粥、出来たわよ」
「ありがとうございます」
「向こうにあるから、自分で入れて食べてね。トイは私が見るから」
 言いながら、暖野はトイの額のタオルを交換する。
 相変わらず苦しそうな息をしている。見ている方が辛くなるほどに。
 毛布を一旦はがして空気を入れ替えてやる。
 今は、無理に起こしてまで食べさせる必要はないだろう。
 自分も現実世界で熱を出した時のことを思い出す。ずっとずっと昔、もうどれくらいか忘れてしまうほどに。
 あの世界が唯一の現実だった。そのことに何の疑いも持たなかった自分。今となっては三つの現実を持ってしまったことに、暖野は運命の悪戯以上のものを感じた。それに――
 もしかしたら、それ以上の自分では知らない現実があるのかも知れない。
 フーマの言葉を信じるなら……。
「ごめんなさい……」
 トイが言った。
 目を覚ましたのかと思ったが、そうではなかった。
「ごめんなさい……」
 うなされているようだった。悪い夢でも見ているのだろう。
「……捨てないで」
「え……?」
 暖野は最初、自分に向けた言葉だと思っていたが、それは違っていたらしい。
 捨てる――?
 何を――?
 さっきよりも苦しそうな――いや、悲痛な表情をしている。それに、汗も酷い。
「お願い――許して……」
 無理にでも起こすべきかどうか、暖野は迷った。
 声を聞きつけて、マルカも傍に来た。
「もっと、ちゃんと……するから」
 暖野とマルカは顔を見合わせる。
「助けて……」
 さすがに限界だった。暖野はトイの肩を掴んで揺さぶる。
「トイ! トイ!」
「嫌だ! 放して!」
 信じられないほどの力で撥ね退けられて倒れそうになる暖野を、マルカが支える。
「起きて、トイ!」
 トイが、ゆっくりと目を開ける。
「トイ……」
 トイが、暖野の顔をまじまじと見つめる。
 しばしの静寂。
「トイ、大丈夫?」
 訳が分からないという表情で、トイは視線を暖野に据えたまま身じろぎひとつしない。
 そして、トイは言った。
「……だれ?」
 暖野は悪い冗談か、まだ完全に夢から醒めていないのだろうと思った。
「悪い夢を見てたのね。でも、もう大丈夫。お姉ちゃんがいるから」
 トイの頭に手を伸ばす。だが、払い除けられてしまう。
「お姉ちゃん? だれ?」
 紛れもなく、トイははっきりとそう言った。
「私よ。知ってるでしょ? さっき、道を探しに行ってくれたよね?」
 半ば必死に暖野は思い出させようとする。
「道? そんなの、ないよ」
 暖野は、これはトイではないと感じた。その表情には、全く感情がこもっていない。子どもらしさのかけらもない、彫像のような顔。
「ごめんね、起こしちゃって」
 得体の知れぬ不安に苛まれつつも、暖野はトイを再び寝かせようとする。
「戻らないと」
「駄目! 今は寝てないと!」
 起き上がろうとするトイを暖野は抑える。
「嫌だ! 戻らないといけないんだ!」
「お願い、しっかりして! トイ!!」
 暖野は哀願するような声になっている。
「ねえ、あなたは誰? それと、トイって何?」
 これは、何かの間違いだ――
 熱のせいで、少しおかしくなっているだけ――
「ノンノ!」
 マルカが叫ぶのが聞こえる。
 意識が薄れてゆく。
 そんな暖野を無表情に見ているトイ。
 トイ……
 目を醒まして……

 それとも――
 あなたは、誰なの――?