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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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「お姉ちゃん、朝だよ!」
「う……ん」
「ほら!」
 枕で思い切り叩かれる。
「わ、分かったから、もう叩くのはやめて」
 枕を振り上げるトイに、暖野は言った。
「だって、全然起きてくれないんだもん」
「ごめん。それで、いま何時?」
「知らない」
 あ、そうね。トイは時間のこと分かってないんだから――
 暖野はベッド脇の小机にある懐中時計を手に取った。
「えっ!」
 寝坊もいいところだった。既に十時前だ。「ごめんね、トイ。お腹空いてるでしょ? すぐにご飯にするから」
「ご飯はいいよ。もう食べたから。お姉ちゃんの分もあるよ」
 急いで立ち上がろうとする暖野に、トイが言った。
「私の分?」
「うん。おじさんが持って来てくれた」
 そう言って、トイはリビングの方を指した。
「そうなの。で、マルカは?」
 そちらへ向かいながら、暖野は言う。
「いるよ。あそこに」
 見ると、全く気付かなかったが、ベッドと壁の隙間でマルカが眠っている。
 どうして、そんな所で――
 暖野は引き返し、マルカに歩み寄る。
「マルカ?」
「え、ああ。済みません」
 マルカが目を開ける。
「こんな所で、何してるの?」
「いえ、その……」
 何やら言いにくそうだ。朝から何があったのだろうと、暖野は訝しんだ。
「お姉ちゃん、ごはん」
「え? そうね」
「まずは、何か食べてからですね」
 マルカが目をこすりながら起き上がる。
「ええ。でも、まず顔を洗ってからよ」
 マルカの用意した食事。それは、パンとビスケット、それにハムだった。パンとハムは分かるが、ビスケットは付け合わせかそれとも……
「トイも同じのを食べたの?」
 暖野は訊いた。
「ううん。僕は缶詰とパン」
 トイが答える。
 まあ、そうだろうなと暖野は思った。マルカに凝った料理を期待するのは無理がある。もっとも暖野とて決して上手いわけではないが、毎日料理していると少しは上達しているはずだと信じていた。
「で、今日は何をして遊ぶ?」
 食事を終えて、暖野は言う。
「探検!」
 ああ、やっぱりそうなのね――
 暖野は笑った。
「いいわよ。でも、ちょっと色々用意があるから待ってね」
「うん」
「マルカ、トイと遊んでてくれる?」
 暖野はマルカに向き直って言った。
「あ、ああ……はい……」
 マルカは一瞬困ったような顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻って言った。
「じゃあ、お願いね」
 そう言い置いて、暖野は厨房へと向かった。
 トイとマルカが朝食を摂ってからどれくらい経っているのか知らないが、そのうちお腹を空かせるのは間違いない。サンドイッチやおにぎりのようなものではなく、残しても大丈夫な軽食を用意するつもりだった。
 それで思いついたのが、クラッカーサンドだった。容れ物が見当たらないので、まだ新しいナプキンで包む。
 飲み物はどうしよう――
 暖野は考える。水筒は荷物の中にあるが、熱いお茶を入れるのはどうかと思う。かと言って、冷めるのを待つのも時間がかかる。
 暖野は軽食の包みを持って、部屋に引き返した。
 だが、そこには二人の姿はなかった。
「また遊び惚けてるのね」
 自分でそうしろと言っておいて、気分を害する暖野だった。
 少々ふてくされ気味にお茶を飲んでいる所へ、二人が戻ってくる。
 暖野の姿を認めるなり、トイが駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん、探検!」
「マルカ、どこ行ってたのよ」
 不満は当然、マルカに向かう。
「申し訳ありません。どうしても鬼ごっこがしたいと言うので」
「もうっ」
「お姉ちゃん」
 トイが手を引く。
「うん。はいはい、探検ね」
 暖野はお茶を飲み干して、立ち上がった。
 マルカの漕ぐ船で島へ向かう。鬼ごっこに付き合わされた直後で悪いが、漕ぎ手は彼以外にない。
「探検!」
 浜に着くなり、トイがまた駆け出そうとする。暖野はそれを呼び止めた。
「トイ、待って」
「何? どうしたの?」
「ボートを引っ張るの、手伝ってくれる?」
「うん、いいよ」
 トイは素直に聞いてくれた。さほどの助けにもならないが、その気持ちだけでも十分だ。
「じゃあ、探検行こう」
「少し休もうよ」
 船を揚げてもなお元気いっぱいなトイに、暖野は言う。「マルカが疲れちゃったみたいだし」
「そうなの? おじさん、動けないの?」
「すみません。少し休ませてもらえたら」
 マルカはボートにもたれて足を投げ出している。
「ね。お姉ちゃん、美味しいものも作って来たから」
「ほんと!?」
 暖野が出した包みを見て、トイは顔を輝かせた。
 ちょっとずるいかも知れないが、これは致し方ないだろう。
 暖野はそれを、トイの目の前で開いて見せる。トイはすぐさま手を伸ばしかけたが、思い出していただきますをした。
「お姉ちゃんは食べないの?」
 いつまでも食べようとしない暖野に、トイが訊く。
「私はさっき食べたばっかりだし」
「じゃあ、お姉ちゃんの分はこれね」
 幾つかを取り分けて、トイは暖野の方へ寄せてくれる。
「ありがとね」
 何だか幸せ過ぎて笑ってしまう暖野だった。
 私って、こんなに子供好きだったっけ――
 だが、考えるよりも先に、その天真爛漫さに引きずられる暖野だった。
「あ」
 トイが声を上げる。
「え? どうしたの?」
「あれ……」
 指さす方を見ると、昨日作った町の成れの果てがあった。砂で作ったものは全て失われていたが、そこには塔に見立てた木の枝だけが取り残されていた。
「ああ、全部流れちゃったのね」
「また、作れる?」
「もちろんよ。今からやる?」
「いい。今日は探検するんだ」
「そうね。砂遊びはまたいつでも出来るものね」
「じゃあ、行こう」
 トイに手を取られて、暖野は森の方へ向かった。
 その時、暖野はふと思った。
 いつでも出来る――
 一旦壊れてしまったものを作り直すことは、いつでも出来るのだろうか、と。
「あそこに道があるんだよ。昨日見つけたんだ」
「あ、はいはい」
 不意に沸いた疑念を振り払い、暖野は導かれるままに森へ入った。