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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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 フーマは確かに朴念仁かも知れない。それでもいつも、きちんと自分のことを見てくれている。だから、彼のリードは暖野の気持ちを慮ってのことなのだと確信した。
 もう何曲踊り続けただろう。互いに視線を交わしながら、ほとんど無我夢中で二人は踊り続けた。もはや残り時間は幾ばくも残されていないはずだった。
 曲が終わった時、その合間に鐘がひとつだけ鳴った。
 その余韻が消えるのを待たず、次の曲が静かに流れ始める。
「これが……」
 暖野は、表情を強ばらせてフーマを見た。
「いよいよだな」
「そう……」
 フーマの顔色を見て、これが最後の曲なのだと知る。彼は敢えて、そう言わなかっただけで。
 離れたところにいるリーウとアルティアが沈鬱な面持ちでこちらを凝視しているのに気づくと、暖野は笑顔を見せようとした。だがそれは上手くいかず、泣き笑いのような奇妙なかたちに歪んだだけだった。
 暖野は観衆に一礼すると、再びフーマに向き直った。
「フーマ……」
「ああ」
 フーマが暖野の腰に手を回してくる。暖野は彼の首に腕を絡めた。そして、ゆっくりと回り始める。ただリズムと感情に合わせるだけで、互いにリードしようなどということもなく、ただ思い赴くまま、身体の動くままに任せてゆく。
 暖野は自ら一旦彼から離れて回転し、今度は逆の腕を彼の首に回す。
 距離が縮まった時、暖野はその耳元に呟いた。
「好きよ」
 フーマが頷く。
「俺もだ。愛している」
「また、それ」
 暖野は微笑む。「でも、いいわ」
 そう、もうこれが最後なのだ。
「好き」
 暖野はもう一度言った。そして「うん……」
 思い切り抱き寄せられる。反動でのけぞるような姿勢になり、次いで引っ張られて互いの顔が間近に迫った。
「愛してる」
 暖野は自分で言って、赤くなった。でも、この機会を逃したら、この先どの世界でも口に上せることはないだろうと、思い切って。
 この時、暖野は気づかなかったが、二人の足元からは淡い光輝が発せられていた。
「私、初恋なのよ」
「そうか」
「そっか、フーマもだったんだよね」
 二人の動きに合わせて、淡い青緑色の光跡が尾を引く。その周囲には金のスパンコールが同じく淡く散りばめたように輝いている。
「ねえ、フーマ?」
「何だ?」
「私ね、生まれてから今までで、一番幸せだと思う」
「そうか」
「馬鹿ね。フーマと出逢えたからなのよ」
「ああ。俺は、暖野に人間としての生き方を教わった」
「何よ、それ」
「お前は俺に、人を愛することの大切さを教えてくれた。人間が感情の生き物だということを知らしめてくれた」
「私たち、馬鹿みたいね」
 暖野は笑った。
「何故だ?」
「だって、お互いに初恋の相手が自分の世界の人じゃないって」
「そんなこと、関係ないだろう」
「そうね」
 曲はますます盛り上がりを見せる。
「ねえ、私と出逢ったこと、後悔してない?」
「するわけがないだろう? 暖野こそ、どうなんだ?」
「私も、後悔してない」
 それまで二人の周りで踊っていたペアが、いつの間にか動きを止めていることを、暖野もフーマも意識していなかった。だが、異変が起こっていることには気づいていた。足元から発せられている光は、もう二人の腰の辺りにまで達していた。
「これは――」
 暖野が訊く。
「これが、俺達のマナだ」
「じゃあ――」
「心配するな。あの時のようにはならない」
 あの時というのは、いつかアルティアを見舞った帰りに、初めて愛を交わした時のことだ。その結末として、暖野はここから去らねばならなくなった。それと同じことは、もう起きないと、フーマは言っているのだ。
「好きよ、好き」
 もう、何度も口にしたことを繰り返す。何度言っても足りない、もどかしい思いで。
 煽るような曲調に、二人の動きもつられて大きくなる。
 もう、他に踊っている者はいない。ただ茫然と二人を見つめ、ホールの壁の方へと後ずさるように下がってゆく。
 徐々に広くなる空間を縦横無尽に二人は舞い巡る。
 ステップを踏むたびに足元から光輝が、あたかも花びらのように立ち昇って開いては消える。
 流れ、舞い、渦を巻いて吹き上げては弾ける光の演舞。この場にいる全ての者が息を呑み、ただ息を詰めて見とれるしかないほどに、ホールが二人を中心にした光に満たされてゆく。
「ひとつ、言い忘れていたことがある」
「何?」
「お前は、俺と離れないために、この世界そのものを滅ぼすことも出来たんだぞ」
「まさか!」
「だが、お前はそうしなかった」
「そんなこと、出来るわけないじゃない」
「だから、暖野はもう、自分を制御出来るんだ」
「だから、何よ」
「だから、自信を持て」
「よく分からないけど、分かった」
「よし、それでいい」
「何だか、偉そうね。初めて会った時みたい」
「そうだ。俺達は、初めて会ったんだ。暖野」
 フーマが暖野を強く抱いた時、場内の照明が消えた。だが、真っ暗にはならなかった。
「好きだ」
「好き、大好き」
 光の爆発。まるで二人が巨大な花火と化したかのようだった。
 最後の鐘が鳴り始める。
 曲に、ステップに、想いにシンクロして光が縦横に舞い狂う。発光する花弁の中心で、二人は想いのたけを交わし合う。それがまた輝きを生み、煌めいて弾け、空間に溶け込んで様々な色に染め上げた。
 そんな中、そっと会場を後にする影があった。アルティアだった。それを察知したのは、ただ一人、リーウだけだった。彼女はアルティアの後を追って、外のテラスへと抜けた。
 アルティアはリーウが後についてきていることなど知る由もなかった。だが外に出て、二人とも息を呑んでしまった。
 暖野とフーマから発せられた光の乱舞は、この世界の夜空全てを彩っていたからだ。
「好きよ、好き、好き、好き。大好き、フーマ!」
 曲がますます煽るように高まり、終わりの時を知らせている。
 鐘の音が近く、遠く響き渡る。演奏も、二人の声もそれに合わせて高く、強くなる。
「大好きだ。暖野!」
「愛してる! ホントに、ホントに!」
「俺もだ!」
 抗いがたい力によって、無理矢理に引き離されようとしているのを感じて、暖野は叫ぶ。
「大好き! フーマ!!」
「愛している! 暖野! ずっとだ!」
 すぐ近く、目の前にいて手を繋いでいるはずのフーマの感覚が薄れてゆく。
「大好き! 大好き! 大好き!」
 声の限りに、暖野は叫ぶ。どんどん遠ざかってゆく彼に届くように。「ありがとう!」
 握られていた手の感触がほとんど消えてしまう。
「俺は、忘れないからな……!」
 その声は、ずっと遠くからのもののように、それでも力強く暖野に届いた。
 暖野はそれを全身、全神経で受け止め、もう届かないだろうとは思いながらも、しっかりと返した。
「私も!」