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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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5. 価値ある者


 鐘の音を合図に、暖野とフーマは互いに着付けのために別れた。次に会うのは舞踏会本番だ。
 着付け係の待つ部屋に入ると、そこにはふてくされた様子のリーウがいた。
「ノンノったら、酷いよ」
「何が? 私、何もしてないけど?」
「私がいじめられてるのに放置するからよ」
「放置って……」
 暖野は苦笑する。「でも、綺麗よ」
「うん……ありがとう」
 褒められると、さすがのリーウも笑顔を見せる。リーウは図書館での騒動を知らない。もし知っていたら、こんな風には笑わないはずだった。
「さあさあ、タカナシさん」
 着付け係に急かされて、暖野はそちらへ向かう。その代わりにリーウは出て行くようにと言われて、また不平を漏らす。
「あなたは外で待っていて下さい」
 有無を言わせぬ口調で、リーウは追い出されてしまった。
「ごめんなさいね」
 二人だけになってから、着付け係が言う。「あなたには特別な施術があるので」
「施術?」
 暖野は身を固くする。
「そんなに緊張しなくていいですよ」
「はあ……」
 コルセットによる締め上げはなかった。暖野は為されるがままに手際よく衣装を身に着けさせられてゆく。縁飾りのついた上品な色合いの紫のドレス。髪を整えた後に、着付け係はその場を離れて部屋の隅にある棚へ向かった。
 何かを大切そうに取り出し、捧げ持つようにして振り返る。その手にあるものに、暖野は思わず声を上げてしまった。
「それは……?」
 いかにも高級そうな白銀に輝くティアラが、厚手の布の上にあった。
「統合科学院の宝冠ですよ」
「宝冠ですって?」
「ええ。名誉ある生徒にのみ着けることを許されたものです」
「そんな、名誉だなんて……」
 暖野は、その畏れ多い響きに、思わず身を引いてしまう。
「あなたなら、大丈夫ですよ」
「そんな……」
「このことに関しては、あなたに選択権はありません。選ぶのは宝冠の方なんですからね」
「それって、どういう意味です?」
「もし、あなたが相応しくないのなら、宝冠を着けることは出来ません。宝冠は、それを戴くものを自ら選ぶのです」
「それで……」
 暖野は恐る恐る訊く。「もし、相応しくなかった場合は、どうなるんですか?」
「何も起こりません。ただ、着けられないだけです」
 その言い方が気になって、暖野は相手の顔を見る。
「心配要りませんよ。さあ、少し頭を下げて……」
 指示されるまま、暖野は下を向く。
 その頭に、そっと宝冠と呼ばれたティアラが載せられる。
 一体何が起こるのだろうと、暖野は気が気でなかったが、それは事もなく為されたようだった。あまりにもしっくりとした感じに拍子抜けしてしまうくらいだ。
「頭を上げて」
 暖野は鏡を見る。そして、そのまま声を失ってしまった。
 着付け係が手にしていた時とは比較にならない煌めきが、ティアラから放たれている。その煌めきは頭から肩、胸、そして更に脚からつま先までを覆い、最後には暖野の身体に溶け込むようにして薄れていった。残ったのは宝冠の輝きだけ。だが、暖野はこれまでに感じたことのない暖かさに包まれていた。
「見事です」
「あ……あの……」
「あなたは、選ばれたのですよ」
「私、何も出来てないのに……」
 言いながら、暖野はティアラを確認しようと頭に手をやろうとする。「あれ?」
 腕に、さっきまではなかったはずの腕輪がある。それも、ティアラに合わせたデザインのものが。
「……」
 女性が、その腕輪を凝視している。
「これは、どういうことなんです?」
「さあ、そこまでは私も知りません。実際に宝冠に選ばれたのは、あなたが初めてなのですから。まさか、こんな……」
「ちょっと、待ってください! 私が初めてって?」
「え、ええ……」
「これまでに、誰も身に着けられなかったってことですか?」
「そうです」
「嘘……そんな――」
「あなたには、それだけの力があるということです。この宝冠が、それを証明しています」
「私……」
「ご安心なさい」
 女性が、暖野の肩にそっと手を置く。「あなたには、それだけの価値がある。自分を信じなさい」
 暖野は隣の部屋に案内され、そこでしばらく待つようにと言われた。リーウが外にいたら呼んで欲しいと頼んだが、やんわりと断られてしまった。舞踏会まで、もうそれほど時間もない。それまでは誰とも会うなということらしかった。
 誰もいなくなった部屋で、暖野はただぼんやりと椅子に掛けていた。
 鍵だと言われたり、今度は栄誉だと言われたり、どこをどうしたら、そんな風になるのか全く理解できない。ただ、これまでの経験で、自分は普通には生きられないのだろうということは分かって来ていた。沙里葉に呼ばれて以来、ずっと負わされてきた重責。それが更に上積みされてしまったようで、どうにも素直に喜べない暖野だった。
 もう、普通には戻れないのね――
 暖野は鏡の中の自分に語りかける。その姿は無理矢理に飾り立てられた人形のようでもあった。その例えがあまりにも的を得ていて、ひとり笑う。
 扉がノックされ、暖野は返事をする。
「入ってもいいかね」
 イリアンの声だった。
「どうぞ」
 応えてから、暖野は出迎えるために立ち上がる。
「おお……」
 扉を開けて開口一番、イリアンが驚きの声を上げた。「これは……」
「学院長、私……」
「やはりな。私の見立てに間違いはなかった。しかし、これほどまでに見事だとは……」
「すみません。私、そんな……」
「もう、何も言わなくてもよい。せめて、この栄誉だけでも受け取りなさい」
「はい……」
「ここでは嘘は通用しない。この宝冠のみならず、君も、私も」
「はい」
「もうそろそろ時間だ。歩けるね?」
 イリアンが手を差し出してくる。「会場までは、私がエスコート役だ。この特殊統合科学院の代表として」
 暖野は頷いて、その大きな手のひらに自分の手を預けた。