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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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16. 眺夕舘


 暖野はノックの音で目が覚めた。
 また変な夢ではないのかと、一瞬身構えてしまう。
 白と、くすんだマリン・ブルー。カーテンが引きっ放しだった。
「ノンノ」
 マルカの声。
「はい」
 暖野は返事して、起き上がった。
「大丈夫ですか?」
 少し心配そうな声が、ドアの外から聞こえる。
「ええ。でも、どうして――」
 ドアを開けに向かう。
「もうお昼ですよ」
 ――!
「ごめん! 寝過ぎちゃった! 今行くわ」
「いえ、いいんですよ。あまりにも遅いので、心配になっただけなので」
 マルカが立ち去る気配。
「下で待ってて。すぐ降りるから」
 時計を見ると、すでに昼前だった。
 暖野は急いで乱れた髪や浴衣を整え、階下へと向かった。
「久しぶりだったから、つい……」
 レセプション前で待っていたマルカに、暖野は言う。
「気にしないでください。むしろ、無理に起こしてしまってすみません」
「それこそ、気にしなくていいわ。こんなだらしないことじゃ、向こうに戻っても生きていけない」
 多少大げさではあったが、ある程度は規則正しい生活はした方がいいと思う暖野だった。とは言え、この機会だから、ゆっくりしていればいいとも考えているのだったが。
「ご飯、どうします?」
「そうね……」
 起きがけで、あまり空腹は感じられない。「まず、コーヒーが飲みたいわ」
 時間はさておき、朝のコーヒーが欲しかった。
「じゃあ、用意してきます」
 マルカがレストランに向かう。暖野が外を見ているので、前庭で飲むものと思っているのだろう。暖野はそれを引き止める。
「ねえ、屋上に行かない?」
「屋上、ですか? 何かあるのですか?」
「ううん、べつに。見晴らしのいい所で飲みたいなって思ったから」
 暖野は昨夜のことは黙っていることにした。言うことがどうこうよりも、彼女自身の中で蒸し返したくなかったからだ。
「では、持って行きますね」
「その必要はないと思うわ」
「どうしてです?」
「上にも、あると思うから」
「そうですね」
 屋上は、昨夜見たままだった。パラソルも椅子もある。ただ、どういうわけかジュークボックスだけがなかった。
 カウンター上には、たった今淹れたばかりのようなコーヒー・ポットがあり、一番見晴らしのいい席に二人分のカップが用意されていた。
 至れり尽くせりね――
 マルカがコーヒー・ポットを持って来てくれる。
 こういうことだけなら、ここでの生活もまんざら捨てたものではないと思えてくる。しかし、どうせならお姫様にしてくれたらよかったのに、と贅沢なことを考えてしまう。
 砂糖を一杯、次いでフレッシュを少々。特にこだわりはないが、その日の気分で調整する。
 陽射しはすでに昼のものだ。
 誰もおらず、動くものの音すらない。今日はこのまま、ここにいたい、そんな思いになる。
 どのみち何日かはここに滞在するつもりなのだ。
 でも――
「ゆっくりしましょう」
 少しでも早く必要なものを揃えた方がいいのではないかという思いを振り切って、暖野は言った。
 ここには港もある。列車か船か、どちらを待つにしても、ここにいることが最善だろう。
 もし、今日にでも来たら――?
 その時はその時だ。後で気が向いたら町に出てもいい。それに、もしそれらが来たとしても、二人を乗せるまでは動かないだろう。何も慌てる必要はない。久しぶりの町なのだから、のんびりしても罰は当たらないはず。
「それも、いいですね」
 マルカも同意する。「闇雲に進むばかりが能ではありませんし」
「ね」
 暖野は微笑んだ。
 コーヒーを飲むと、その糖分で空腹感は薄れてしまった。遅めのブランチと言うか、昼食はもう少し後でいい。
「この町って、あんまりお店ないのかな」
 暖野は言う。
 ここまでの道で、商店らしきものをあまり見かけなかったからだ。普通、駅前通りは何らかの商店や飲食店が多いはず。
「そうですね。中心街はもっと他にあるとか……」
 マルカが考えながら言う。
「それか、沙里葉みたいに気づかなかっただけなのかな」
「まあ、それは行ってみないと何とも言えないですが」
 暖野はどうしようか考えた。
 昼を食べてから探索に出るか、もう面倒臭いから一日ゴロゴロするか。どちらも必要で魅力的な選択肢だった。
 結局、今日は一日何もせず過ごすことにする。たまには何も考えずにいるのもいい。ただ、あの嫌な夢を思い出しさえしなければ。
 部屋で寝転がったり、前庭でお茶を飲んだり、はたまた屋上で風に吹かれてみたり。食料や寝る所の心配がない分、無為に時間を過ごせること自体を堪能した。
 夕刻、部屋で寛いでいると、ドアがノックされたような気がした。
 マルカかな――
 夕食には、まだ早いと思いつつドアを開ける。
 誰もいない。
 気のせいだったのかとドアを閉めかけた時、足元に何かあるのに気づいた。
 これは――
 布の袋だった。部屋番号の記された小さな札が付いている。
 開けてみると、昨夜受付横に置いた洗濯ものだった。全てきちんと畳まれて、それらを包むために使った布にまでアイロンが掛かっていた。
 半信半疑でしたことだったが、こうして自分の考えが目に見える形で現れると、嬉しい反面手放しで喜べない気持ちになる。もっと素直に、ただ感謝すればいいだけなのだと分かってはいても、である。
 誰に向かってともなく、謝意を込めて手を合わせた。そして階下の受付に行き、メモ用紙に“洗濯をありがとう”としたためた。
 部屋に戻るとき、ちょうどドアの前でマルカと出会った。
「おはようございます」
 彼が言う。
「おはようって……。今、夕方よ」
「そうでしたね」
 マルカが照れる。
「今まで寝てたの?」
「ええ」
「よく寝られるわね」
 今朝も遅くまで寝ていたのに、と暖野は思った。「まあ、いいわ。私の部屋に来る?」
 ずっと一人で退屈だったので、少し話してみたい気分だった。
「いえ、遠慮しておきます」
「じゃあ、上へ行きましょうか」
「はい、お供します」
 従者でもないんだから、そんな畏まった言い方しなくても――
 夕方遅い風が吹いている。丘から湖へ。
「ねえ、マルカって一人の時って何してるの?」
 気になって、暖野は訊く。
「私ですか? 寝てますが」
「ずっと寝てるわけじゃないでしょ?」
「私は一人の時は、大抵寝てます」
「って……」
「することもないのに、起きていても仕方がないでしょう?」
 それはそうだ。しかし……
「そんなに寝られるものなの?」
「ええ。幾らでも」
 マルカが恥ずかしげもなく言う。
「呆れた」
 そう言うしかない。「それじゃ、部屋にいる時は――」
「寝てます」
 そうまできっぱりと言われてしまうと、もう返す言葉もない。
 まあいい。プライベートでは何をしていようが勝手だ。暖野自身、日がな一日パジャマのままでいて叱られることもあるのだから。
 それに毎日歩き詰めで、しかも暖野に色々と気を遣ってくれているのだし、寝られる時に寝ているのだろうと思うことにした。そう、寝だめなのだと。
 少しそれとは違うような気もするが、敢えて突っ込む必要もない。
「でも、そんなに寝てばっかりじゃ、お腹も空かないんじゃない?」