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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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 革のベルトを外して、中を見てみる。
 筆記具、教科書にノート。普通の学校の持ち物と変わらない。水晶玉や薬瓶のような魔法っぽいものは一つもない。
 探すほどもなく、それはあった。統合科学の本だ。リュックの中に入れたままだったが、これも一緒に移動してきたのだろう。
「リーウ、これ知ってる?」
 暖野は2冊の本をテーブルの上に置いて言った。
「ふむ。古典にして基礎ね。うちの図書館にもあるよ」
「そうなの。そんなに珍しい本でもないんだ」
 暖野は少しがっかりした。しかも最新と銘打っている割には古典。
「それも、骨董屋で?」
「ううん、古本屋で」
「統科勉強する人なら必ず一度は目を通すものだから。誰かが売ったのかもね」
「秘密の本じゃないのね」
「全然」
 暖野は表紙をめくってみた。
「あれ?」
 ――統合科学概論――
 確かに、そう読める。
「どうしたの?」
「読めるわ」
 暖野は文字を追いながら言った。
「まさかノンノ、今までこれが何なのか知らなかったの?」
「表紙だけは読めたけど、中は全然」

 ――特殊統合科学とは、後期古典科学およびそれまで細分特化されていた多くの分野の学問を統合し、実質的実用に供することに主眼を置いて発展してきた。後期古典科学における限界を打開するために学際的な再構築がなされ、主に初期量子論、宇宙論、深層心理学、生理学の先進的頭脳が唱導して創設された黎明期の特殊統合科学は当初……

 なんか、すっごく難しいんだけど――
 暖野は本を閉じた。何も今ここで読む必要もない。
「どう?」
「どうって言われても……難しくて」
「誰も序文なんて読まないわよ」
 もう一冊、実践の方も見てみる。今度はリーウの言うように序文ではなく目次から。その中の飛行術のページを開く。こちらも普通に読むことが出来た。

 ――飛行の方法としては大別して以下の二つが存する。一般的なものとしては浮遊のための純粋力学的操作を行うもの、そして高等技術を要するが重力場操作によるものである……

 この力学的操作というのは飛行機とかのことか、と暖野は思う。でも――
「重力場操作って、何?」
 暖野は訊いた。
「それが、私がやりたいことなのよ」
「空を飛ぶことね」
「そう。純粋力学や熱操作によらない飛行方法。簡単に言うと、飛ばすものの質量を操作したりして飛んだり降りたりするのよ。実際には対象物だけじゃなくて周りの空間も調整しないといけないんだけど――これって、前に言ったっけ?」
「うん、空間がどうとかってことは」
「まあ、ややこしいことはさておいて、そういうことなのよ」
 現実世界の勉強と魔法と、どちらの方が難しいのか、明らかに後者の方が難しそうだ。しかし同時に面白そうでもある。ただ、統合科学と言われると怖気づいてしまう。
「私に、こんなの出来るのかな……」
 この学校のことはよく知らないが、勉強しなければならないことには変わりない。当然テストもあるだろうし、成績などを考えると単純には喜べない暖野だった。何せ、まだ授業すら受けていないのだから。
「心配いらないって。私でも出来てるんだから」
「それって、安心していいの?」
「いいのよ」
 暖野の不安をよそに、リーウが自信たっぷりに答える。
 放課後と言っていたが、午後は全て自習になっていたはずだ。まさか、サボっているわけでもあるまい。陽射しからは、まだそう遅くもない時間であることが感じられた。
 遠くで声が聞こえる。
 これは――
 暖野はそちらへ視線を向けた。
 白い服の集団が走って来る。
「あれは何?」
 運動部の練習のようにも見える。
 ここにも部活などというものがあるのだろうかと思い、暖野は訊いた。
「強壮部ね」
 リーウが答える。
「競争部?」
「違う違う! 競争じゃなくて強壮。体鍛えてんの」
「へえ。こっちにもクラブってあるのね。ちょっとびっくりした」
「あるよ。他にも修験部ってのも」
「修験部って」
 修験道じゃなくて――?
「強壮部は体を鍛えることでマナの消費に耐えられるようになるのを目指してるの。何でもマナが尽きそうになっても体力の方から転用できる術があるんだって」
 リーウが説明する。「で、修験部はその逆で、精神を鍛えることでマナを体力に変換するとか――どっちも同じに思えるんだけどな、あいつらにしたら違うんだって」
「そうね。精神力か体力のどっちを重要とするかってだけよね。結局、どっちからも転用できるってことでしょ?」
 暖野は思う。
「うんうん」
 リーウが激しく頷く。「やっぱり、そう思うよね! 一緒じゃんって」
 白服の集団が通り過ぎて行く。これもまた暖野の世界の運動部のように掛け声をかけながら。
 魔法学校と言えど、やってることは同じか――
 暖野はそれを微笑ましく見送った。
「それで、他にも部活ってあるの?」
 暖野は訊いてみる。
「そうね……。古典科学部とか文芸部、園芸部、料理部……結構あるみたいよ」
「リーウは何かやってるの?」
「やらないわよ。面倒くさい。ノンノこそ、どうなのよ。何かやりたいの?」
「やめとく。いつ来ていつ帰るのかわからないんじゃ、まともに活動出来そうにないから」
「まあそうね」
 リーウが納得する。「でも、もしやるとしたら何がいい?」
 暖野はしばらく考えた。「そうね。やっぱり、ワンゲルかな」
「ワンゲル? 何それ」
「山に登ったりするの」
「うっわ! それって思いっきり面倒臭いじゃない!」
「何よ、その顔」
 まあ、あまり理解されにくい趣味であることは確かだ。だが、とりあえず抗議してみせる。「しんどいけど自分の足で登って、そこにお花畑とかあったら最高じゃない? それに、山の上って涼しいし」
 そう、バスやロープウェイで山上まで行けたりもするが、それでは駄目なのだ。汗ばんだ肌を冷やす風、苦労した後の感動、それは自分の足で登ったからこそ得られる究極のご褒美なのだから。
 それに、雪渓の残雪で作るかき氷は最高に美味しい。
「そりゃね、あんたはマナ有り余ってるからいいけど、私だったら死んじゃう」
「大げさね。私の世界じゃ、お爺さんとかでも登ってるわよ」
「あんたの世界って、どんだけ凄いのよ」
「凄くなんてないわ」
 暖野は言う。「たぶん、さっきの人たちがやってることと同じなんだと思う。やり過ぎなところは多いけどね」
「うん。ほどほどが一番よね」
「そうね。ほどほどがいいね」
 暖野は頷いた。
 そう、いつまでも登りばっかりでは疲れ果ててしまう。山は登って下りるもの。戻らなければ意味がない。下りることも許されない登りだけの道など、それは地獄だ。底の見えない淵にどこまでも沈んでゆくのと同じ……

 でも、もうちょっと、ここにいさせて……
 この安息の時を……