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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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12. 猫と鍵


 風が吹いている。
 寒くはない。
 さわさわと、心地よいざわめきが聞こえる。
 暖野は目を開けた。
 すぐ横で、草が揺れるのが見える。
 そうか――
 暖野はそのままの姿勢で思う。
 戻ってしまったんだ――
 リーウは理解してくれてはいるだろうが、毎回こういう別れ方は心苦しい。
 もう少し、話していたかったな……
 暖野は思った。
 隣では、マルカがまだ寝ている。両腕を頭の後ろに組み、帽子を日除けにして。
 暖野は半身を起こして、マルカの様子を見る。顔が帽子で隠れているために表情は窺えない。
 手近の花を幾つか摘み、花輪を作ってみる。
 こんなことするの、何年ぶりだろうと暖野は思う。小さな頃はよく作ったものだ。
 暖野は薄青と白の花で編んだ花輪を、マルカの帽子に載せた。ちょっとした感謝のつもりだったが、それが葬儀の花のように一瞬見えて、ぞっとした。
 葬送の花輪は胸元に置くもので、頭に載せるものではない。縁起でもないことを思った自分に戸惑いを覚える。
 こんな長閑な花畑で不吉なことを思うなど、どうかしている。こんなにも生命力に満ちた場所で。
 傍らのリュックを引き寄せ、中から本を取り出す。表紙を開いてみると、先ほどは読めたはずの文字が理解できなくなっていた。
 向こうにいる時しか読めないのかな――
 暖野は本をしまいながら思った。
 カクラはいつの間にか来て勉強していて、いなくなる時もそうだとリーウは言っていた。彼もまた、学校にいる時にしか勉強できないのかも知れないと暖野は思った。
 マルカは起きそうもない。
 暖野はノートに散歩に行く旨をメモに記して、彼の枕元に置いた。
 そして、滝の方に向かった。
 水量は決して多くはないし、谷を流れる川も小川程度だが、滝に近づくにつれて冷んやりとした空気の流れが漂って来る。流れ落ちる水は霧を生み、低い虹をかけていた。
 高さだけはある滝は、滝壺に達するまでに霧となって空気に溶け込んでいる。
 誘惑には勝てなかった。
 もう何日も風呂に入っていない。
 ちょっと水浴びするだけだから――

 しばらく経って、暖野はマルカの熾してくれた火の傍で震えていた。
「あんな冷たい水で水浴びなんて、どうかしていますよ」
 マルカが珍しく怒っている。
「ごめん。だって――」
「だって、じゃありません。もっと自分の体を労わってください」
「お風呂、入りたかったんだもん」
 暖野の言葉を聞いて、マルカは溜息をつく。
「水浴びなら、湖でしたっていいじゃないですか。何もあんな寒い所で」
「だから、ごめんって」
 さすがに子供みたいに天然シャワーを浴びてみたかったとは言い辛い。いずれにせよ身を案じて言ってくれていることは確かなので、謝る以外になかった。
「もういいです。分かってもらえたのでしたら」
 マルカが息をついて言った。
「もうしないから。たぶん」
「たぶん、ですね!」
 だって、約束なんて出来ないじゃない――
 普通に風呂に入れないのなら、たまに水浴びしても文句を言われる筋合いはない。ただ、体を拭くものを持たないままそれをしたのが悪かったとは思っている暖野だった。
「で、気持ちよかったですか?」
 マルカが、訊く。
「ええ。もちろんよ」
 暖野は答えた。「ちょっと寒いけど」
「どうも、ちょっとどころではないようですけど……」
 マルカが疑いの視線を向ける。
「何よ」
「いえ……」
 マルカが言いにくそうにする。
「言いなさいよ。言いたいことがあるなら」
「じゃあ」
 マルカが言う。「私も、行って来てもいいですか?」
 それを聞いて、暖野は吹き出した。
「なんだ、マルカも水浴びしたいんじゃない」
「私は大丈夫なんです。寒いのは平気なんですから!」
 マルカがムキになって言い返す。
「はいはい。行ってらっしゃいな。ちゃんと火の番しとくから」
 マルカは恨めしそうに暖野を一瞥すると、タオル代わりの布を持って谷奥へと向って行った。
 火にあたっていたために、体の方は随分と暖かくなっている。陽射しも手伝って、むしろ暑く感じるほどだ。
 暖野は巻き付けていた余分なものを剥ぎ取った。
 まあ、こんなものでも着替えがあってよかった。沙里葉で入手した新しい制服に、彼女はすでに身を包んでいる。着替えたのなら、次にすることは決まっていた。暖野は川へ洗濯に向かったのだった。
 幸いというか、洗濯中に大きな桃が流れてくることはなかった。
 ただのジョークと思われるかもしれないが、実際川に向かう途中に“婆さんは川に洗濯に”などと思っていた。もし流れて来ても無視すればいいとさえ。
 洗剤忘れたな、と思いつつ汚れた服を洗い、しわになると心配しながらも河原の岩の上にそれらを干した。風があるので石を拾って重しにする。
 荷物の置いてある場所に戻ると、マルカはすでに火にあたって暖を取っていた。
「随分と早いのね」
 暖野は言った。
「ノンノこそ、火の番をすると言っていたじゃないですか」
「あ、そうだった」
「まあ、そんなにすぐには消えないですからいいですけど」
「どう? すっきりした?」
「はい、おかげさまで」
 布を頭に巻いたまま、マルカが言う。
「寒くない?」
「はい。冷たいのは好きではありませんが、寒いのは大丈夫です」
「ふうん。 見かけによらず、強いのね」
「慣れですよ」
 大したことでもないというように、マルカが言う。
 慣れか……
 暖野は思った。
 リーウも同じようなことを言っていた。
 適応力は重要かもしれない。だが――
 食糧確保のために石斧を持って野獣を追いかけまわしたり、冷水で水浴びするのに慣れたいとは思わない。確かにそれは有益なことかも知れないが、そんな必要に迫られる状況になること自体ごめんこうむりたかった。
 絶対嫌よ、毛皮着てウンバボーなんて――
「本当に、ここに泊まるつもりなんですか?」
 妄想全開状態の暖野に、マルカが冷静に訊いてくる。
「そうね」
 暖野は少し考えて答えた。「私ね、この世界に来てから、ずっといたいなって思ったところはここが初めてなの。沙里葉だって、あそこにいたら不自由しないし、そのままでいいかなって思ってた。でも、それじゃいけないって焦りがあって。――ここに来て、ちょっとほっとしたって言うか」
「そうですね。ここは美しいです。それで、ノンノの心が安らぐなら何も言うことはありません」
「ごめんね、わがまま言って」
「そんなことはありません。私は、ノンノの力を過小評価していたようです。あなたは、阻むものがなければ、こんなにも素晴らしい……」
「ちょっと、何言ってるのよ。それに、阻むものって何?」
「すみません」
 マルカが慌てて言う。「私が言いたいのは、ノンノの力の制限なのです。詳しくは言えませんし、私にもうまく説明できません。でも、たとえ私が隠していたとしても、ノンノはいずれ知ってしまうでしょう」
「本当に、マルカは知らないの?」
「……」
「言えないとかじゃなくて?」
「それも、あります。でも、すでにノンノはここと別の世界を繋げることに成功しています。私が隠していても、隠しきれることではありません」
 暖野は溜息をついた。