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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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 実際にはもっと別のことを考えていたのだが、それを話せばさらにややこしくなる。かと言って、時計を動かす方法を全く考えていなかったわけでもない。ただ、考えなければならないことの順位では、それは決して上位を占めているとは言い難かった。
「動かなきゃ、時計はがらくただもんね」
 宏美がもっともらしく言う。
「そんな夢のないこと言わないの」
「だってそうじゃない。あの店にある物も、結局は大型ゴミに出しそびれたまま放ったらかしになってたものなんじゃないの?」
「う……ん。そんな言い方もできるのか……」
 暖野は呻った。「でも、そんな現金なことばかり言ってたら、男も寄りつかないわよ」
「そんなものなのかなあ」
 宏美が考え深げな顔をする。
「でも。これ、何で出来てると思う?」
 暖野は訊いた。
「さあ。私、詳しくないから。まさか、金じゃないでしょ?」
 そう言いつつも、宏美は時計を凝視した。「暖野。これ、幾らしたの?」
「3500円」
 ルクソールのマスターのように、暖野はぶっきらぼうに言った。
「だったら、絶対に金じゃないわね。でも、いいデザインね。暖野にそんな趣味があるなんて、私知らなかった」
「普通、ああいう店で売ってる物なんて、到底手が出ないから」
「そうね。これが動けば掘り出し物ってことになるのかもね」
「うん。今度、宏美もよく見てみたら? 結構気に入ったのがあるかも知れないよ」
「まあ、気が向いたらね」
「いいものは自分で探さなきゃ見つからないものよ。それに、時機を逸したら二度と手に入らないこともあるんだし」
 暖野は我知らず説教じみた言い方になっていた。そして、自分の言ったことの内容に、何かしら空恐ろしさのようなものを感じて微かに身震いした。その小さな怖気は、しかし宏美の次の言葉によって救われた。
「それはわかるわ」
 宏美が、さも納得したような顔で言った。「私だってこの前、秀(しゅう)君のチケット取りそびれたもん。高かったからちょっと迷ったのがいけなかったんだ」
「それとこれとは、違うような気が……」
 話題が逸れたことに内心ほっとしながら暖野は言った。
「何よ。暖野には秀君の良さがわかってないのよ」
「今のアイドルなんて、百年経てば忘れられてしまうわ」
「そんな冷たいこと言ってるから、男にもてないのよ」
 宏美は先ほどの仕返しとばかりに言った。
「放っといてよ。お互いさまでしょ」
 暖野は宏美の額をこづいてやった。
 そのとき、暖野はふとあることに思い当たった。あの夢を見出したのはルクソールで時計を買ってからだということに。
 どうして、今までそれに気づかなかったのだろう――。
 時計と夢との間に、何らかの関係があるのだろうか。この時計はルクソールで買ったものだ。そして、ルクソールはアンティークショップである。古いものには何かしらいわくつきのものがあったりするが、自分の不安もそんなところに端を発しているのだろうか。
 今日の帰り、ルクソールに寄ってみよう、と暖野は思った。
「暖野。暖野!」
 肩を揺さぶられて、暖野は我に返った。宏美が、今度は本当に心配げに顔を覗き込んでいる。「暖野、本当に大丈夫なの? 具合が悪いんなら保健室で休んだら?」
「ううん。そうじゃなくて。ただ、寝不足なだけなのよ。……本の読み過ぎかな」
 暖野は自分の考えを悟られないように、努めて明るく言った。
 放課後、部活が終わると暖野はルクソールへと向かった。
 暖野の属するワンゲル部は、毎日のルーティンをこなしさえすれば概ね時間通りに終わる。
 今日も学校の周りを3周5キロほどのランニングだけで終了した。秋の風は心地よく、軽く体を動かすには絶好の気候だった。体を動かしている間は日頃の煩わしさを忘れさせてくれる。息苦しくて辛くもあるが、目標ともいえないゴールに向かって着実に近づいているという実感だけはある。得体の知れない有耶無耶を抱えているよりは、ずっとましだと暖野は思った。