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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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2. 夢


 暖野は電車を乗り換え、いつも降りる駅の二駅前で降りた。陽は完全に落ちてしまっている。
 あれから一週間。
 時計屋にはその翌日には預けたのだが、修理にはこれくらいかかるだろうと言われていた。
 さっき宏美と話していたときも、このことに気を取られていたのである。
 駅前通りを折れると、昔ながらの商店街になる。駅に直結して大手のスーパーが出来てからはひどく寂しくなってしまったが、ここにはまだ人と人とのふれあいや温もりが残っていた。その商店街の中ほど、十字路の角のガラス戸を暖野は開けた。
「おじさん、いる?」
 無数の時計が時を刻む音の充ちた店内には誰もいなかった。
 奥から漂ってくる香りが暖野の胃袋を刺激する。
「やあ、ノンちゃんか」
 ここの店主である御崎(みさき)が、まだ口を動かしながら出てきた。
「晩ご飯中に、ごめんなさい」
「いや、そんなことはいいんだけどね」
「出来てる?」
 もちろん時計のことを訊いているのである。
「それがね……」
 御崎は棚から小さな箱を取って、暖野の前に置いた。御崎の表情は、あまりよくないことを伝えようとしていることを物語っていた。
「駄目だったんだ……」
「うん……」
 暖野の見るからに落胆した様子に、御崎は気まずそうに言った。「いろいろと手は尽くしたんだけど……」
 暖野は、相変わらず停まったままの時計を手に取った。
「言い訳がましいかも知れないけど、それで動かないはずがないんだ。部品も錆びてないし、ゼンマイも伸びてない。歯車だって、ちゃんとしてる。この手のものにしちゃ状態が極めていいというか、むしろ新品だと言ってもいいくらいなんだけど……」
 御崎は暖野の手から時計を取ると、裏のカバーを外して見せた。内部の部品は御崎の言ったようにきれいに磨かれていた。
「ここに、何か書いてあるんだけど」
 御崎がカバーの裏を示す。
 言われて見ると、そこには何やら文字らしきものが彫ってあった。
「これは……」
 さすがに暖野も、時計の内部までは見ていなかったので、それを見るのは初めてだった。
「分からないね。たとえこれが英語だったとしても、読めはしないけど」
 そこに書かれた文字は、今まで暖野が見たこともないようなものだった。
「誰かが冗談で彫ったのかな」
 御崎は首を傾げて言った。
「さあ……」
 暖野はそう答えるしかなかった。

 翌日、暖野はなんだかすっきりしないまま登校した。
 睡眠不足というわけでもないし、特にこれといった問題があるわけでもない。
 時計が直らなかったのはショックではあったが、そういうことでもなかった。しかしどういうわけか、朝起きたときから何かが変なのだ。
 家族の態度とか街の雰囲気などではなく、もっと自分の内面の何かが。
 悪い夢でも見たのだろうか――
本当にそうなのかどうかは分からないが、おそらくそうなのだろう。どんな夢だったかなど完全に忘れてしまって、その余韻だけが残ってしまうことは、ありがちなことだった。
 夢――
 悪夢だったのかさえ思い出せない。訳もなくすっきりしない思いを引きずるのは、心地よいものでは決してない。思い起こすことの出来ない夢は喉元に引っかかった魚の骨のごとく、暖野を苛つかせた。
 それでも一時限目の授業が終わる頃にはそんなことも忘れてしまい、いつものありふれた日常に染まってしまっていた。
 だが、この日を境に暖野は奇妙な夢に悩まされることになる。もちろんこの時点では彼女はそんなことになるなどとは、それこそ夢にも思っていなかったのだが。
 次の日も、暖野は変に重い頭を抱えて登校した。やはりどんな夢だったのかは思い出せなかったが、この日は確かに夢のせいだということが分かっていた。
 そもそも夢というものは思い出そうと意識を凝らすほどに思い出せなくなるものだし、内容も曖昧になってしまうものだ。なぜならば、夢は無意識の産物だからである。にもかかわらず暖野は今朝方見た夢を思い出そうと虚しい努力を続けた。
 そうしてさらに一週間が過ぎた。
 このころになると、おぼろげながらでも見た夢を憶えているようになっていた。
 暖野はしきりに夢の内容を整理しようとしていたが、寝ぼけた頭ではなかなかそれも上手くいかない。授業中もどこか上の空で、教師の言っていることなどいっこうに頭に入ってはこなかった。
 思い出せそうで思い出せない。こういう状況は厄介なものである。「やっと会えた」とか「迎えにくる」とか言った言葉が記憶の片隅にちらつくが、それが何を意味しているかなど分かる由もなかった。
 暖野とて夢占いをやってみたこともあるし本も持っているのだが、それは夢の中に出てきたもの、あるいは行動で占うのであって、どんな話をしたかで占うのではない。従って、暖野の頭痛の種は安易には解決できないのだった。
「どうしたのよ。ぼうっとして」
 休み時間、宏美が声をかけてきた。宏美の席は暖野の斜め後ろにある。
「え?」
 暖野にとって、それはほとんど不意のことだった。
「え? じゃないわよ。ほんとに、どうしたの?」
「私が? どうかしたって?」
 おそらくこういうのを生返事というのだろう。
「暖野、あんたこの間から変よ。何かあったの?」
「べつに……」
「べつに、ってことはないでしょう。何か悩みがあるんだったら、話してよ」
「私、そんなに変?」
「自分で気づかないの? 机の上、見てみなさいよ」
 暖野の机の上には、いまだに前の授業の教科書やノートが出しっぱなしになっていた。他の生徒達はもうとっくに片付けてしまっていて、気の早い者など次の授業の準備をしているというのに。
 もちろん暖野も普段なら授業が終わると同時にペンケース以外は片付けてしまう。それに暖野は今が休み時間だということもに気づいていなかった。いくら宏美でも授業中に堂々と話しかけてくることなどないはずなのに、である。
「あ……」
「あ、じゃないでしょ」
 宏美が呆れ顔で言う。
「ちょっとね……」
 暖野は机の上を片付けると、軽く頭を振った。
「その”ちょっとね”がくせものなんだな。――ね。いったい何をそんなに悩んでるのよ」
「悩んでなんかいないわ、べつに」
 暖野は苦笑した。さっきまでの虚脱状態は一応脱していた。
「じゃあ、何よ」
「ちょっと寝不足なのよ、最近」
「寝つきが悪いのは悩みがある証拠。隠し立てしないで白状しちまいなさいよ」
「ごめん」
 暖野は言った。「今はだめ。あとで話すわ」
 周りを見回して、暖野は言った。
 授業の合間の教室など、やかましくて真面目な話などしていられるものではない。宏美もそのあたりのことを察してか、それ以上は突っ込んでこなかった。
 すぐさま授業開始のチャイムが鳴り、二人はまたそれぞれの席に着いたのだった。
 古文の時間、暖野はポケットからハンカチにくるまれた時計をそっと出して眺めた。金色の金属は彼女の体温を宿してかすかに温かかった。
 その日の午後、宏美はクラブの会合で急に呼び出され、暖野は暖野で用事があって結局何も追求されないままに終わった。
 それからさらに数日。
 暖野はやはり眠たげに授業を受けていた。