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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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「かつてほどの拡がりや豊かさは期待できないということだ。――人の思念とは茫漠として捉えがたいものだ。誰かがしっかり意識して世界を構築したとしても、空白域が残ることは免れ得ない。まして、その希望や夢が無意識下の深層に閉ざされようものなら、世界そのものが混沌に墜ちてしまうだろう」
「混沌?」
「そうだ。無秩序な総ての混合物。意識され得ないものの漆黒の集合体」
「……」
「無理もないだろう。普段、人はそんなことに意識を向けないものだ。このような思索に耽るのは、否応なしにそうしなければならない状況にある者だけだからだ。
 今はまだ解らなくていい。だが心の片隅にでも留めておいてくれ。
 全ては相補的であり、全ては回り廻(めぐ)っていると。総ては互いに円を描きながら平衡を保っているのだ。
 惑星は自らが回転しながら主星の周りを周回している。回るというのは質量――つまり存在が偏らないための唯一の方法なのだ。また、惑星が主星の周りを回るように、その主星もまた銀河の中心を軸に回っている。回転しない銀河もあるとされるが、それは今ここで論じると余計に話を複雑にしてしまう。
 そして――さらには銀河も静止しているわけではなく、別の銀河の周りを、或いは宇宙のある軸点を中心にして回っている。君は想像もつかないだろうが、宇宙そのものが回っているのだよ。
 その宇宙さえ、他の宇宙とバランスを取るために回っているのだ」
「他の宇宙というと、あの――」
「君も、話だけなら知っているだろう。宇宙は決して一つではないのだと」
 暖野は頷いた。
 パラレルワールドなどといったものではなく、ビッグバンのことくらいは彼女も知っている。
「だが、回っているというのはそのように表現するのが人間にとって理解しやすいからに過ぎない。実際には存在は遍在し、あらゆるものが結びつきあい相関しあっている。その遍在する存在を特定し固定するのが人の意識なのだよ。言い換えれば、人間は現実を固定するための存在ということになる」
 なんだか話がややこしくなってきた。
 これはあの、何とかの猫の話みたいなものなのだろうか、と暖野は思った。
「このままでは、本当に雲をつかむような感じになってしまうか……」
 アゲハが顎を撫でる。「少し戻って、全ては回転しているということにした方がいいか。その方が君も分かり易いだろう。
 さっきは宇宙の話から始めたが、ミクロの世界でも同じだということは分かるだろう? 例えば、原子などだが」
「はあ……」
 確かに、原子は核の周りを電子が回っている。
「実は、人間もそうなのだよ」
 暖野は知らず、怪訝な顔つきになる。少しでも分かったようなつもりになっていた自分が馬鹿みたいだと、暖野は思った。アゲハの言葉の意味を考えてみる。
 それは、人も回っているということなのだろうか、と。それは人と人との関係の中でという意味なのか。
「人間も、その宇宙のひとつなのだ。人の心は、いわば無限の宇宙なのだ。脳という有限の物体の中に、人は無限の世界すら宿すことが出来る。人は生まれながらにして、自分の宇宙を持っているのだよ」
「じゃあ、私も……?」
「そう、君もだ。古の神秘の言葉では、小宇宙とも呼ばれる。もっとも、こちらの方は心と体を含めた全てのものを指しているが、意味としては違いがない。なぜなら、心も体も人としての存在を形づくる上では切っても切れないものだからだ。言うまでもなく小宇宙に対するものとしての大宇宙とは、一般的に宇宙と呼ばれるものだ。
 宇宙は回転していると、さっき私は言った。しかし宇宙の回転軸はひとつではない。確かに一つの点を中心として回転しているというのは、解りやすい上に理に適っているようにも見える。だが宇宙は決して単一の時空で形成されているわけではない。宇宙とは多くの空間の複合体であり、さもなければ我々の宇宙はあらゆるところで欠けてしまっていただろう。虫喰いだらけの古文書のように。
 そして我々人間――小宇宙は、この大宇宙との迎合点をそれぞれ持っている。つまり宇宙とは多中心的複合空間なのだよ」
「この宇宙は多くの空間が絡まりあって出来ていて、その中には人の思いも含まれる、ということですか?」
 暖野は言った。この難解な話をおぼろげながら受け容れることができている自分に半ば驚きながら。
「そうだ。そう言う意味でここは、まさしくその二種類の宇宙の接合点なのだ。それ故に極めて微妙な環境にある。さっきの遍在する存在の話で言うと、存在を固定する意思が消えかかっているという」
 アゲハは少し間をおいてから続けた。「――君は、時間が川の流れにたとえられることを知っていると思うが」
「ええ、まあ……」
「時間が川にたとえられるなら、空間もまた然りだ」
「時間と空間が一体のものだから……」
 考えるまでもなく、暖野の口から言葉が滑り出た。本などで読んだことでは、それらはむしろ当然のごとく語られているが、それを事実として実感することはそうそうない。頭では理解できても、普通に見える世界は二次元か三次元なのだから。
 暖野は自分の思考に戸惑いを覚えた。
「君は、そのことについてはもう充分に考えてきたはずだ」
 アゲハが言う。
「私……」
「疑いは、とりあえず保留しておいてほしい」
 暖野の言葉をアゲハが遮る。「私に残された時間は限られている。君に伝えるべきことを伝えられないままでは、悔いが残ってしまう。そのようなものでも残れば、ということにはなるが」
 アゲハが寂しげに微笑する。
「じゃあ、あなたも……」
「私がいなくなっても、そこのマルカがいる。とにかく今は、私の話を聴いておくれ」
「分かりました」
 嘆願するようにアゲハが言うのに、暖野は頷いた。「続けてください」
 アゲハが頷き返す。
「君の言ったとおり、時間と空間は一体のものだ。時間の流れが一定でないのは、君も知っているね。――実際の川と同じように、時間の流れにも緩慢がある。そしてその流れにも本流となるものがある。これが実際に君たちが関知できる時間というものだ。しかし、本流があるということは、支流や、本来の流れから取り残されたものもあるということだ。つまり、何らかの理由で本流から逸れてしまった流れだ。
 実際の川が本流から取り残されてしまった場合、どうなるかは分かるだろう」
 暖野が頷く。家の近くの川に、そう言う場所があった。大抵は澱み、次に増水するまで取り残されたままだ。さもなければ、干上がってしまうまでのことだった。
「時間流にも、君の思っているような奔流が存在する。ただそれは、エネルギーの増大によるものだがね。
 そして、再び適当な状態に静まると、後にはさっき言ったような支流――分流と言った方が適切かも知れないが、そのようなものが残る。辛うじて本流と繋がっている間はまだいいが、完全に分離されてしまえば適当な時期にまたエネルギーの供給がなければ涸れて消えてしまう。
 ここは今、まさにそういう状況なのだよ」
「でも、それと私が呼ばれた理由と関係があるんですか? この世界を存続させるために?」