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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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8. 最後の、そして最初の光


「君は、沙里葉を見てきたと思うが」
 暖野の混乱をよそに、アゲハが言った。
「サリハ?」
「さっき通ってきた街の名前です」
 視線を戻して問い返す暖野に、マルカが説明した。
 アゲハが続ける。
「あの街は、以前は多くの人達で賑わっていた。この世界で最初に出来た街であり、そして最後に残った街でもあった。そして今、残された唯一の街、沙里葉さえもが消えようとしているのだ。時間的な系列はいささか不問にさせてもらうと、そういうことになる」
 暖野は先ほど通ってきた街の殺伐とした光景を思った。
 何かの原因で、住民が大挙していなくなってしまった街。生活の匂いや動くものの気配の全く絶えてしまった街を。
「あの――」
 暖野が言う。「どうして、誰もいなくなってしまったのですか?」
「何も、いきなり全ての人がいなくなってしまったわけではない。一人、また一人と、少しずつ気づかないうちにいなくなっていった」
「いなくなって……」
「言葉通り、いなくなっていった。そのようにしか表現できないのだ」
 それは、“消える”というのと同じことなのだろうかと、暖野は考えてみた。
 暖野の思いを悟ってか、アゲハが付け加える。
「行方知らずになったり死亡したりなどとは違う。それなら何かしら人々の記憶にも残るものだ。だが、人がいなくなってゆくことに誰も気づかなかった。たとえそれが親や兄弟、友人同士でも」
「それって――」
 暖野は言葉に詰まった。その先は、恐ろしくてとても口に出来なかった。
 最初からいないことになる――
 存在しなかったことに――
 例えば宏美が急にいなくなったとして、いなくなったことだけでなく宏美が友人だということも、そもそも宏美が存在したということすら記憶から消される……
「でも――」
 寒気を覚えながら、暖野は言った。「でも、いなくなった人たちはどこへ……?」
 予想はしていたが、アゲハは首を横に振るだけだった。
「そんな……」
 ここで、ふとある疑問が沸き上がった。
 人々がいなくなってゆくのに誰も気づかなかったと、アゲハは言った。それならば――
「あなたは、どうして人々が消えてしまったことを知っているんですか?」
 そうなのだ。いなくなった人たちは誰の記憶からも完全に消えてしまったのではなかったのか。もし知っていたのなら、こんなになるまで何故手を打たなかったのか。
「それは当然の疑問だと思う」
 アゲハが言う。「だがそのことに触れるのは、後にした方がいいだろう」
「わかりました」
 暖野は話題を変えた。どうせ聞きたいことは山ほどもある。「さっき、沙里葉が残された最後の街だと――」
「そう。人だけではなく、この世界のあらゆるものの存在が希薄になっていった。最初は微かな兆候でしかなかったが、今ではほとんど総てのものが消えてしまった」
 暖野はその意味するところを思ったが、理解を遥かに超えていて漠然としかつかめなかった。
「そして、この沙里葉だけが残った」
「どうして、そんなことになってしまったんです? 世界って、そんなに簡単に消えてしまうものなんですか?」
「人々の心が、もはやこの世界を必要としなくなってしまったからだよ。――いや、そうではないな」
 アゲハはそこまで言って、自らの言葉を否定した。「そう。すでに解ってくれているとは思うが、この世界は君の世界で言うところの現実世界ではない。もちろん、私にとっては現実だがね。この世界は、言わば多くの想念の産物だったのだよ。人々の希望、歓び、そういったものが溶け合い、重なり合いつつ成り立っていた。だが、物事には必ず始まりがある」
 彼は慎重に言葉を選ぶように、そこまでを言った。
「夢の世界……ですか?」
「そう言うことも可能だろう。だが、夢も現実の一つの形態だと言うことを忘れてはいけない」
「夢が、現実?」
「そうだ」
 いともあっさりとアゲハは言う。
 夢は夢であり、現実は現実であるはずだ。その両者がイコールで結ばれるなどとは、暖野には思えない。
「人は、夢みる生き物だ」
 アゲハが語り続ける。「それは人間が、夢を見なければ生きてはゆけない存在だからだ。それはある意味で人間という生き物の弱さの象徴でもあるが、逆に人間にのみ与えられた特権でもある」
「夢が、弱さの象徴ですって?」
「そう。他の動物はどうかね? 希望的予測をもとに、自らの未来を選択したりするかね?」
 暖野は首を横に振った。
「人間以外の生き物は、現実だけを生きている。それは、彼らが強いからだ。夢などなくとも生きてゆけるからなのだよ。だが人間は違う。人は夢なしには生きてはゆけない。夢という言葉が適切でないのなら、希望と言った方がいいのかも知れないが」
「でも、夢も希望もない状況もあるでしょう?」
 言ってから、暖野は自分の言葉に驚く。
「そうかね? 本当にそう思うかね?」
 アゲハが、暖野を見据える。「確かに、そのように見える状況はあるかも知れない。しかし、どんな状況にあっても人は夢を見るものだよ。こうなればいい、というような望みは、なくなるはずがないからだ。もし悲しみにとりつかれて全ての生きる望みを失っても、人は希望を求めるのではないかね? 人は結局、全ての希望を失くしても、希望を求めることそれ自体を自らに課すのだよ」
「それはつまり、夢が――希望が……」
 暖野は、話が解っているようでいて解っていなかった。頭の中では完全ではないにせよ、何となく理解できるような気はした。だがそれを口にしようとしても、上手く言葉にはできなかった。
「理解し難いのは仕方がない。簡単に言ってしまえば、希望を持つことを希望する、そういうことだ」
 どちらにしても大差はないんだけど――
 暖野は思った。
「で、それが、この世界が消滅することとどう関係があるんですか?」
「この世界が、さっきも言ったように人間の夢によって創り上げられたものだからだよ」
「要するに、この世界が夢の産物で、人々が夢を失くしたからこの世界も失われるということですか」
「微妙だが、少し違う。確かにここは、人々の夢が造り上げた世界だ。だが君の言っているのと違うところは、この世界には礎(いしずえ)となる者の思念があったということだ。つまり、人々が夢をなくしたことによって世界が失われるのではなく、この世界を成り立たせている根本が揺らいでいるのだ。
 いま、我々のいるこの世界は、そもそもある一つの“想い”によって創造されたものだ。その“想い”は種子となり、芽吹き、他の数多の思念によって拡張され、維持されてきた。しかし、ここに来て――というのは時間的に錯綜してはいるが、この世界を創造した種子に異変が起こってしまったのだ。つまり、最悪の場合この世界そのものが存在しなくなってしまうという――」
「それがさっき仰った、世界が消える、ということですね」
「より正確を期せば、今あるものが消えてしまうというよりも、最初からなかったことになってしまうのだ。――時を遡ったかたちで総てが無に帰する。或いは、一個の想像の産物としての域にとどまってしまうかも知れない」
「と、言うと……」