久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上
「あんたね、あれだけ起こしてあげたのに、全然起きなかったじゃない。しかも逆切れして」
「知らないわよ。一人だけご飯食べて、ずるい!」
まるで子供だと、暖野は呆れる。
「はいはい。お腹が空いてるのね。何か持って来てあげるから」
「私も行く」
昨日までとは逆だ。これではどちらが先輩なのか分からない。
「じゃあ、行きましょ。でも、ちゃんと顔を洗ってからね。それと、髪も直した方がいいわよ」
「はーい」
いつもはしっかり者なリーウの、意外な一面を見てしまった暖野だった。
でも――
もしかしたら、ルーネアが消えていなくなったことがトラウマになっているのかも知れない。起きた時に自分がいなかったことで、必要以上に心配していたのではないか、と暖野は思った。
ああ……
あっちにいないとマルカが心配するし、こっちにいないとリーウのトラウマが発動する。私って、何て損な役回りなの――
モーニング・ビュフェの時間は終わっていたが、ランチまでは軽食程度の食事は出来た。リーウは野菜サンドを食べている。暖野は先に食べてしまっているので、今はセルフ・サービスの紅茶にした。
「もうすぐお昼なのに」
暖野は言う。
「朝から何も食べてないんだから、仕方ないじゃない」
別オーダーの卵サンドに手を伸ばして、リーウが言う。
「ついさっき、起きたばかりのくせに」
「いいのよ。お腹が空いたときに食べるのが、自然なのよ」
「少しは規則正しい生活をしようと思わないの?」
「思わない」
あ、そ――
「生活乱れると、太るのよ」
「知らない」
これは駄目だと、暖野は思った。
「ノンノの世界では、時間にうるさいんだったわね」
「それとこれとは別でしょ?」
「あ、お代わり持って来る」
リーウが立ち上がる。「ノンノは?」
「もう、食べ過ぎよ」
「違うよ。飲み物の。ノンノはお茶でしょ?」
そうか、さすがに満足したのね――
「そうね」
暖野は言った。「ミルクティーで」
「はいよ」
リーウがセルフ・コーナーに勇んで行った。
ミルクティーは、人によって淹れ方や配分が違う。暖野自身でもその時の気分でミルクや砂糖の量を変えている。リーウがどんな風にミルクティーを淹れてくれるのか、楽しみだった。
「どうぞ」
リーウが戻ってきて、暖野の前にカップを置く。
「ありがと」
「ごめん。私ってば、眠かったりお腹空いてたりすると、気が荒くなるから」
「動物みたいね」
「人間も動物よ」
「じゃあ、ケダモノ」
「酷いわね。意趣返し?」
「そういう訳じゃないけど、朝なんか何度も起こしたのよ」
「休みの日は起きない主義だからね」
「それって、主義って言うの?」
「いいじゃない。たまの休みなんだから」
「悪いとは言わないけど、だったら目覚ましは鳴らないようにしといてよ。私はそれで目が覚めたんだから」
「忘れてた」
「まあ、どうせ起きないんなら同じなんでしょうけど」
「昔、同じこと言われた気がする」
「はいはい、お母さんにね。そういうことにしといてあげるから、もう蒸し返さない」
「やっぱり、ノンノって優しいね」
急に口調を変えて、リーウが言う。
あ、これはヤバい。立場が逆転した――
「今頃気づいたの?」
暖野は悟られないように、鷹揚に言った。
「知ってるよ、最初からね」
「結局、リーウのペースに乗せられるのね」
リーウは鼻を鳴らした。
「じゃあ乗せられついでに、今日は町に行ってみる?」
「何で、そうなるのよ」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど」
「じゃあ、いいじゃん」
とことんマイペースなリーウだった。
だが、部屋に戻るとまた修羅場が待っていた。
「これ! 絶対ノンノに似合うから!」
「嫌だって、そんなの恥ずかしい」
「いいから、着てみて」
「やだ、制服のままでいい」
「それじゃ目立ち過ぎるの!」
リーウが勧めるロリータファッションを頑なに拒む暖野だった。
作品名:久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上 作家名:泉絵師 遙夏