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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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7. 朝と少女


 暖野は大きな音で目が覚めた。
 何? この耳障りな――
 以前は聞き慣れていたはずの、嫌な音。
 ベッドに横たわったまま、暖野は視線だけを動かす。
 そうか――
 ここは、リーウの部屋だったんだ――
 昨夜、このまま戻れたらいいねとリーウは言ってくれたが、結局戻れないまなだったのだ。
 音の源は、しばらく聞いていなかった朝の恒例の……
 暖野は起き上がろうとした。
「あれ?」
 リーウの腕が腰に巻き付いている。
 この騒音の中で、リーウはいとも安らかな寝息を立てていた。それを強引に外すと、暖野は机の上に半ば埋もれた目覚まし時計のベルを止めた。
「目覚ましで起きるなんて、何日ぶりかしら」
 伸びをして、カーテンを開ける。
 窓を開けると、近くの木の枝で鳴いていた小鳥が飛んで行った。
 下の路上で誰かが小鳥に餌をやっている。どこにでもありそうな、ありふれた朝の光景。暖野はそれを微笑ましく見つめた。
 って、それよりも――
 ぐっすりと眠っているリーウを見る。
「ほら、起きなさいよ」
 その体を揺さぶる。「朝よ」
 寝ている割には強い力で暖野の手を払って、リーウは反対側を向いてしまう。
「起きてってば!」
 だめだ、全く起きない。
 暖野は机の目覚まし時計を取ると、リーウの耳元でベルのスイッチを入れた。
「なー……」
 反応はあった。だが、それだけだ。
「リーウったら、私より朝がダメなのね」
 よし、こうなったら――
 暖野は、彼女の両脇に手を差し込んだ。
「起きろー!」
 思いっ切りくすぐる。
 さすがにこれは効果があり過ぎた。
 リーウは女の子らしからぬ声を上げて跳ね起きた。
「あんた、私を殺す気!?」
「ごめん。死んでるのかと思ったから」
 怒るリーウに、暖野は言った。「朝よ」
「んもう。そんなこと、分かってるわよ」
「リーウ、全然起きないから」
「それが、どうしたのよ」
「学校、遅れるじゃない」
「ああ、うっかりしてた」
 リーウが言う。「言うの忘れてたわ」
「何を?」
「今日は休みよ」
「え? またそんなこと言って」
「そうでなきゃ、夜中(よるじゅう)語り明かそうなんて言うわけないじゃん」
「じゃあ……」
「寝る」
 リーウがまたベッドに横になる。
「もう! ご飯どうするの?」
「いらない。一人で行って」
 いきなり放置されてしまった。
 暖野は仕方なく制服に着替えて、一人で階下の食堂へ向かった。
 ジャージでも構わないだろうし、修学旅行のようでそれはそれでいいのかも知れない。それでもここの普段着がどういうものか知らない暖野は、無難な服装を選んだ。まさか、リーウのロリ満開の服を着るわけにもいかない。
 昨夜は遅くまで喋っていたので、暖野も寝不足ではある。だが、朝から無駄な運動をしてしまったため、眼が冴えてしまった。
 朝食はビュフェ形式だった。品数は多くはないが、必要にして十分だ。
 暖野はトーストと目玉焼き、ハム、生野菜を皿に盛り、外のテーブルに着いた。トレイには水のグラスとコーヒーも忘れない。
 そうか、何だかんだ言って、一人で食事するのも久しぶりなんだ――
 向こうの世界では常にマルカがいたし、こちらではリーウと一緒だった。元の世界で時々一人だったくらいだ。
 何だか、妙な気分だった。
 向こうでは誰もいないのに一人ではなく、ここでは人がいるのに一人だということに。
「ま、いいか」
 暖野は一人の食事を楽しんだ。離れた席では、同じように一人の女生徒がコーヒーを飲みながら本を読んでいる。思わず目が合って、暖野は軽く会釈する。相手は微笑んで、また本に目を落とした。
 暖野はコーヒーのお代わりとデザートのフルーツを持って、席に戻った。先ほどの女生徒はもういない。休みだからか、他に生徒の姿はなかった。
 あの様子では、リーウはしばらく起きないだろう。
 食事を終えると、暖野は散歩することにした。
 朝の光は暖かく、小鳥の囀(さえず)りも耳に心地よい。庭木の剪定をしている男性の姿も見える。
 何の気負いもなく、そこにいる人、そこにあるものを眺められるのを幸せに思う。
 いつしか寮舎の端まで来ていた。遊歩道が森へ続いている。その先に、山と言うには低い高みがあった。
 ピークを見ると攻めてみたくなるのは、山好きの性分だ。
 暖野は森への道を歩き出す。
 山に登るのならジャージの方が良かったかとも考えたが、そう距離も高低差もなさそうだ。一旦戻るのも面倒なため、そのまま行くことにした。地面も良く踏み締められていて、歩き易い。
 ほどなく頂上に着く。
 そこはちょっとした展望台のようになっていて、見晴らしが利いた。
 寮と学舎の向こうに大風車が見える。その周りに幾つもの棒のように風力発電用の風車があった。風車の丘を越えた遠くに町が望めた。
 頂きは芝生の広場になっていて、その一角に洋風の四阿(あずまや)が設えてある。
「あれ? あの人は……」
 朝食時に会釈を交わした女生徒だった。
 また目が合い、暖野は軽く頭を下げる。女生徒は微笑むと、暖野を手招きした。無碍に断る理由もないため、暖野はそちらへ向かう。
「あなたは、この前の閃光騒ぎの時の子ね」
 柔らかな表情のまま、彼女は言った。
 爆発と言われなかったことに、暖野は幾らか安堵を憶えた。
「あの――」
 女生徒は自分の隣に座るよう、黙って仕草で示す。
 暖野は腰を下ろした。
「いろいろ言われて大変だったんじゃない?」
「いえ、先生方に取りなして頂いたので」
「そんなに固くならなくていいのよ」
 女生徒が微笑む。
「あれは事故だと」
 暖野は言った。
「そうね。事故と言うのが、一番分かり易いものね」
「あなたは、違うと考えてらっしゃるのですか?」
「あれは、おそらく守り」
「他の人が触れられないようになっていると、言われました」
「そう。でも少し違う。あれは、あなただけを守るのではなくて、他の人をも守るための守り」
「他の人を?」
「そう」
「結界だと、聞きましたけど」
「結界ではなくて、もっと他のもの。優しい光よ」
 目前でフラッシュを焚かれたようなあの光を、どうして優しいと言えるのだろうか、と暖野は思った。
「あなたは優しい」
 女生徒が、暖野の頭に手を置く。「でも、全部一人で抱え込まなくていいのよ」
「あなたは……」
「アルナ」
「アルナ……さん?」
「あなたとお話しできて良かった」
「あの……」
「お友達を大切にしてね」
 アルナが立ち上がる。「それと、有難う」
 彼女が立ち去るのを、暖野は呆けたように見送った。優雅な足取りで歩いて行く、その姿が森に見えなくなるまで。
 彼女は何者だったのだろう――
 暖野は思った。
 また、ややこしいことに巻き込まれてしまったか、と。だが、普通にコーヒー飲んでいたのだから、ここの生徒には違いないはず。きっとまた会えるだろうと。

 部屋に戻ると、身構える隙も与えずにリーウが枕を投げつけて来た。
「もう! ノンノったら、勝手にどっか行っちゃうんだから!」
「いや、勝手にって――」
 寝るから好きにしろと言ったのは自分じゃないの――
「お腹空いたー」