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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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8. 町へ


「やっぱり、恥ずかしいよ」
 正門前で、暖野は言った。
 リーウのコレクションの中で一番おとなしそうなものを選んだにも拘わらず、ロリータ服で出歩くのには抵抗がある。
 確かに可愛い。可愛いが、自分に似合っているとは思えない。
 薄紫のドレス。大きなリボンの他に、襟や裾にはレース飾りがふんだんに用いられている。
 これじゃ、お姫様じゃないの――
 ルーネアでさえ、もっとシンプルな衣装だったのに――
 リーウはと言えば、昨夜強引に勧めていたピンクの服に身を包んでいる。一見、どこのコスプレ会場に行くのかと思われそうな服装だ。
「あ、来たわよ」
 リーウが指さす。
 二人は町へ行くバスを待っていたのだ。
 バスなのは分かるが、酷い煙だ。道は石畳で舗装されているのにである。
 それはボンネットバスだった。しかも相当古いらしく、真っ黒な煙を吐いている。
 魔術とかマナとかあるんなら、もっとましな方法あるでしょうに――
 暖野は思った。
 バスに乗り込むと、運転手がいた。
 いて当然なのだが、向こうの世界ではいないのが当たり前だったため驚いてしまった。リーウが運転手に紙きれを渡す。それが切符なのだろう。どこで手に入れたのか分からないが、学校から支給されるのかも知れない。
 バスは一度大きな爆発音を発して動き出した。正門前でUターンして、町の方へ。
 丘の連なりと田園風景の中をバスは行く。乗客は暖野とリーウの二人だけだった。農家が点在し、畑仕事をしている人の姿も見える。
 途中、前から藁を満載したトラクターとすれ違った。ささやかながら人の生活が息づいているのが、暖野には嬉しく思えた。
 隣に座ったリーウが、見えるものについてあれこれと説明してくれる。
 このまま車内で居眠りしたら、現実の世界に戻れるのかな――
 そう暖野は考えていた。
 バスに乗るのは、沙里葉に取り残された時以来だ。
「ほら、ノンノ」
 肩を叩かれる。「大風車よ」
 見ると、バスの前面に風車が迫っていた。道は風車の丘を迂回しているにも関わらず、のしかかってくるような大きさだった。
「どう、大きいでしょ?」
 リーウが言う。
 暖野は頷いた。
 周囲の風車もそれなりに大きいはずだが、おもちゃのように見える。
「ねえ、リーウ」
 暖野が言う。「ひょっとして私、利用されてる?」
「どうして?」
「前に、町にはあんまり行けないって、言ってなかった?」
「うん。そうよ」
「私を案内するとか言って、許可取ったんじゃないの?」
「そうだよ」
 悪びれた様子もなく、リーウが言う。「私も、たまには町に出てみたいし」
「ホントにもう……」
「でも、ずっと寮にいたって仕方ないじゃない? 今のノンノには気晴らしが必要よ。いっぱい楽しもうよ」
 彼女には全く悪気はないのだ。暖野にこの世界を見せたい、もっと楽しんで欲しいという純粋な思いに便乗したに過ぎない。
 バスが停まる。
 運転手が席を離れ、バスを降りた。
 そこは花に溢れた一軒家の前だった。運転手は、杖を突いた老女を支えながら、ゆっくりと車内に導いている。
 老女を席に着かせると、運転手は再びハンドルを握った。
 なんて、長閑(のどか)でほのぼのとした光景だろう。
 その二人は終始無言だったが、互いの思いやりと感謝の念が車内に拡がって行くようだった。
 ギアを入れる大仰な音がし、今度は爆発音もなくバスは動き出した。
 小さな集落を過ぎ、湿地帯を回り込むと、そこはもう町の入口だった。ファンタジーの世界にありがちな門や衛兵などいない、いたって普通の町。
 そう言えばバスに乗っている間中、停留所の案内はなかった。学校の正門前にバス停はあったが、それ以外では見かけなかった気がする。自由乗降でも案内放送は流れるはずだ。でないと、降りる準備もできないと、クラブで田舎のバスに乗ることもある暖野は思った。
「嘉蘭梵(カランボン)」
 リーウが言う。
「え?」
「この町の名前」
「そうなんだ」
 カランボン……
 不思議な響きだ。
 暖野は何度か心の裡で、その名を繰り返した。
 決して多くはないが、人々が歩いている。服装は奇抜でもなく、ごく当たり前なようだ。暖野とリーウの服装が余計に目立ってしまうほどに。
 バスは町の中心らしい噴水のある広場で停まった。
「着いたわよ」
 リーウに促され、暖野は運転士に礼を言って、バスを降りた。
 広場を囲んで市が立っている。天幕の周りには幾つもの人だかりが出来、売り子の声が聞こえている。人混みや喧騒を好きとは言えない暖野でも、久しぶりの町の活気はその心を浮き立たせる。
「ほら、こっち」
 リーウに手を引かれる。「ぼんやりしてると、迷子になるよ」
「うん、わかった」
 確かに、気を抜いていると色々と危なそうだ。荷物を運ぶ馬車や、形こそ古めかしいが、自動車も走っている。駆け回る子どもたちや、何かの樽を転がしている人夫もいる。
 我知らず、暖野は笑みを漏らしていた。
「どうしたの?」
 リーウが訊く。
「うん、ね」
 暖野は言った。「こんな元気な町、初めて見たから」
「ふうん。ノンノの世界って、何か窮屈そう」
「そうね、確かに」
 偽りの優しさ、作られた笑い。見た目は良くても、中身は腐っている――
 暖野は、はっとした。
「ほらほら。また、ぼうっとしてる」
「うん、ごめん」
 導かれるままに、赤白の縞模様の天幕の露店に向かう。
「おや、嬢ちゃん達、めかしこんで今日は何かのお祝いかい?」
 店主が声をかけてくる。
 菓子屋のようだった。色鮮やかなクッキーとも飴ともつかぬ物が入ったガラス瓶が並んでいる。
「うん、そうなの。今日はこの子の誕生日なのよ」
 暖野は、快活に言うリーウの袖を引っ張る。
「ちょっと、私――」
 言いかけるのを、リーウが表情ひとつ変えずに制する。見えていないはずなのに、正確に暖野の足を踏んで。
「それはめでたいね。あまり見ない顔だけど、学院の子かい?」
「ええ、そうなんです」
 踏まれた足を暖野が気にしている間に、勝手に話が進んでゆく。
「じゃあ、特別サービスだ。二割引きにしてあげるよ」
「この子、転入生なんだよ。もう一声!」
「町慣れしてない学院生にしちゃ、珍しいな」
 店主が苦笑いする。「よっしゃ、せっかくだから四割引きにしといてやるよ! 大赤字だがな!」
 店主が大きな声で笑う。なんだか、自棄で高笑いしているようにも見える。
「お兄さん、太っ腹!」
「おいおい、よせやい! これ以上はまけられねえぞ」
 ああ、見てらんない――
 店主は、どう見ても中年太りのおやじだ。
 絵に描いたような展開に、暖野は口を挟むことも出来ないでいた。
「私、誕生日じゃないのに」
 店を離れてから、暖野は言った。
「いいじゃない。これも技よ」
「技ってね……」
 二人は、山盛りの菓子の入った、新聞紙を丸めて作った容れ物を手にしていた。
「いいじゃない。いっぱいオマケしてもらえたんだから」
「なんか、嘘つきみたいで……」
「もう!」
 リーウが、暖野の肩を突く。「そんなに真面目過ぎると、損するよ。もっと気楽にいこうよ」
 魔術師よりもリーウは絶対に商人に向いている、と暖野は思った。