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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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 勝手に説教しておいて、宏美は自分の思いつきに酔っているようだった。
 だいたい、いま抱えている問題だけでも手に余るというのに、これ以上に何を考えろと言うのか。暖野は宏美を軽く睨んでやったが、宏美の方はまだ満足げに頷いていた。
 暖野は、いまは何を言っても無駄だと悟った。何も思い浮かばないでもともと、適当にやればいいのだ。お熱を上げている連中には、到底敵うものではないのだから。
 そう考えると、少しばかり気が楽になった。何も、自分でシナリオを書かなければならないわけではない。
 坂道の先に目をやったとき、暖野の乗るはずのバスが横切るのが見えた。
「あ」
「どうしたの?」
 ようやく人のことに気が回るようになった宏美が訊く。
「バス、行っちゃった」
「うそ。いつもより早いんじゃない」
「どうせまた、前のが遅れてるだけでしょ」
 暖野は、ため息と共に言った。
「次のは確か――」
「15分に1本」
 宏美がバスの時刻表を思い出している様子なので、暖野は素早く答えた。
「そうか。悪いことしちゃったわね」
 さして悪いとも思っていない口調で、宏美が言う。
「たまには、私の方が待つわ」
 ここを通る循環バスはこの時間帯、団地へ向かうのが3分から6分に1本、駅へと行くのが先ほど暖野が言ったように15分に1本である。団地方面の便に乗っても、その3分の1は反対回りで結局は同じ駅に着く。残りの半分は団地で折り返して回送になる。いつもは本数の少ない駅行きのバスの時間を見計らって出てくるために、宏美が見送り役になるのだった。
 そもそも宏美は天気予報で雨以外の時は自転車で通ってきている。今日は降らなかったが、予報では雨だった。
 いつもとは逆方向のバス停でも、二人のお喋りは続いた。
「べつに創作じゃなくったっていいんでしょう?」
 暖野は言った。
「そうね。でも、できれば全部私たちでやりたいじゃない?」
「まあね。そりゃあそうだけど」
「誰か、そんなのが得意な人って、いたかしら」
「さあ」
「いい加減ね。宏美はどうなの?」
「私? とんでもない!」
 宏美が大げさに首を横に振る。「それより、暖野の方こそどうなのよ。よく本を読んでるじゃないの」
「読むことと書くことは別。わかるでしょ、宏美も?」
「わからない」
「もう! 夏休みの読書感想文、さんざん苦労したくせに」
「でも、暖野はちゃんと書いてきたじゃない。それだけでも大したもんだわ」
「おだてても何も出ないわよ。それと、今度こそ自分で書くこと」
「せっかく次も頼もうと思ってたのに……」
 宏美が口をとがらせる。
 夏休みの宿題だった読書感想文をどうしても書けずに困っていた宏美がそれを提出することができたのは、暖野がレポート用紙に書いてやったのをそのまま写したからである。つまり暖野はこの夏、2つも感想文を書いたのだった。
 話が劇のことから逸れてきたところへ、バスが来るのが見えた。『団地・循環』と書かれている。
「ねえ、暖野。一緒に帰らない?」
「え?」
 暖野は一瞬、宏美が何のことを言っているのか判らなかった。
「たまには気分を変えてさ、こっちのバスに乗ってみたら?」
「冗談でしょ? 思いっきり遠回りになるじゃない」
「私と違って、どうせタダなんだから、いいじゃない」
 宏美はしつこかった。そうこうしているうちにバスは二人の前に停車し、ドアが開く。
「ほら、もたもたしてると、運転手さんに怒られるわよ」
 宏美は、暖野の手をしっかり掴んでいた。どうやっても放してくれないとみた暖野は、諦めてステップに足をかけた。
 ひどい混みようだ。他の乗客にとっても、いい迷惑だろうと暖野は思った。
 ブザーが鳴って、背後でドアが閉まる。
「ほんとにもう!」
 暖野は宏美を睨みつけた。
 確かに、宏美の言うように、暖野の持っている定期券はどちらのバスでも乗れるゾーン定期だ。しかし決してタダではない。宏美流に言えば、遠回りで乗った方が断然お得ということにでもなるのだろう。直接駅に向かうより3倍の時間がかかるのだから。
 いつまでも怒っていても仕方がない。話は再び劇のことに戻っていた。
「――じゃあ、赤ずきんとか三匹の子豚でもいいわけね」
 混雑のせいで文字通り目と鼻の先の宏美に向かって、暖野は言った。
「ついでに、マッチ売りの少女もつけてね。でも、そんなのやりたいと思う?」
「思わない」
「もっと真剣に考えてよ。少なくとも暖野の方が、私より本を読んでるんだから」
「だからって、夏目漱石とか横溝正史なんて、できっこないでしょ?」
「暖野ってば、そんなのばっかり読んでるの?」
「そうじゃないけど。私の読んでるのなんて、到底劇には向かないと思うわ」
「そうかな……」
「最終的には創作になるんじゃないかしら。登場人物とかの関係もあるしね。学園ものあたりに落ち着くと思う。――ただね、これだけは憶えておいてよ。創作劇は大失敗する可能性が大きいってこと」
「意外と難しいのね」
「そう。それを選んじゃったのよ」
 団地に入ると、乗客は次々と降りていった。
「無責任。薄情者。宏美なんかもう知らないから」
 宏美が降りるためにボタンを押すと、暖野は立て続けに非難の言葉を浴びせかけた。
「もう一周しろって言うの? 何と言われようと私は降りるわよ」
 暖野は何とか説き伏せようとしたが、無情にも宏美は降車口に消えていった。
 もっとも暖野とて本気で怒っているわけではない。ただ、この先ひとりで話し相手もないままなのが寂しいだけなのだ。だが本当にひとりきりになってしまうとは、この時点では思っていなかった。
 団地を抜ける頃には乗客は2、3人になってしまった。その人達も団地外れのバス停で降りて、暖野はまたもや回送同然の車内に取り残されてしまった。
 まだ駅までの行程は半分ほども残っている。団地からだとどちら回りのバスでも所要時間は大して変わらない。折り返してもよかったが、暖野がそのままバスを降りなかったのはそのためだ。
 状況はいつもと変わらない。ただ窓の外の光景が少し違うだけだ。家の形やバス停名が異なる他は、見える景色も同じようなものだった。
 乗ってくる人はいない。次の停留所の案内が虚しく車内に流れる。暖野は外を眺めるのをやめ、ポケットから例の時計を取り出した。
「あれ?」
 上蓋を開けた暖野は、自分の目を疑った。
 時計が動いている。
 針は、5時32分を指している。
 確か、ずっと5時25分で停まったままだったはずなのに――
 急いで暖野は腕時計を見た。
 合っている。ちょうど35分になるところだった。暖野は腕時計を2分進めている。ということは、今は33分。
 もう一度懐中時計に目を移すと、こちらも33分になっていた。
 どういう気紛れでか、時計は動き出したのだ。それも、ぴったり時間を合わせて。
 単なる偶然でか、それとも――
「ちょっ――ちょっと待ってよ!」
 暖野は思わず声を上げていた。立ち上がった拍子に鞄が床に転がり落ちた。
 バスが急停車する。
「どうしました?」
 運転士が慌てたようにふり返って訊く。
「す……すみません……」
 恥ずかしさで赤面しながら、暖野は言った。「寝ぼけてました」