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ひょっとこの面

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08.行方



 翌日。

 昨夜の情事を考えないようにしながら、ロビーで束彩と落ち合う。束彩もいつも通り、私に対する態度はいささかも変わらなかった。

「昨日作ったリストに連絡をしましょう。丈吉さんの兄と連絡がつけばいいんだが……」
ロビーのソファに腰掛け、上から順に電話をかけていく。作業は難航するだろうと思われたが、驚くことに3件目で当たりを掴むことができた。
「ああ、丈吉の知り合いか。こっちも話があるんだ。
 今日なら時間あるから、来れるならすぐ来てくれよ」
小躍りしたくなるような返事だ。今からでも祝杯を挙げたくなる。だが、それは帰ってからだ。私は、電話越しの新山の兄に住所を聞き取り、束彩と共に出立した。

 新山の兄の家は、K件の南西に位置する郊外にあった。私は主に経済的な理由で、在来線で最寄り駅にたどり着いてからタクシーを使って移動するという算段を立てた。
 だが、待ち時間がもどかしい。乗ってからも遅々として進まない電車にイライラが募る。やっと電車が駅に着き、素早くタクシーを捕まえ、ドライバーに住所を伝える。だがもう、正直なところ、他人に任せるより、自分の足で走っていきたいような気持ちだった。

 そして、やっと新山の兄の家にたどり着く。どこにでもある郊外の一軒家。私は、高鳴る鼓動を抑えて、そのインターホンを押す。
 数分後、私達は客間に通され新山の兄と対面していた。出された茶をすすりつつ、何から切り出そうかと考えていた次の瞬間、兄の口から衝撃的な言葉が発せられた。
「丈吉、亡くなりましてね」
その瞬間、私は完全に頭が真っ白になっていた。仕事の合間を縫って、血まなこになって探してきたあの新山が、すでに死んでいるなんて。私は、何かの間違いであってくれと祈るように兄へ
「ほんとですか?」
と問いかけた。
「ああ、3月の下旬ごろだったな。
 フラッと来て一週間ほどのんびりしてたんだよ。
 だもんで、帰んなくていいのかって聞いたんだ。
 そしたら、その日の夜フッとうち抜け出して、公園で首括っちゃって」
「……」
私は驚きのあまり二の句が継げなかった。
「こっち来てから、ずっと思い詰めた様子だったんだよ。
 こんなことになるなら、話を聞いてやれば……」
兄は心底後悔しているようだった。
「あいつは昔から繊細でな。父ちゃんや母ちゃん死んだときも立ち直るのにえらい時間かかって」
「ご両親、亡くなられているんですか?」
兄はしまったという顔をした。だが、
「……新山家の恥になるんで、あまり口外はしたくないんだがな」
そんな前置きをしてから語りだす。
「私たちの母は、一言で言えば多情な人だった。
 男をこさえては祖母に窘められて渋々関係を断つような生活。
 それを、子供が二人できてからもずっと続けていたんだ」
私は、新山の実家でインターホンを押したときに聞いた、老婆の声を思い出した。
「そんなある日。相変わらず隙を見ては男を連れ込む母。
 その光景に、祖母でなく父の堪忍袋の緒が切れたんだ」
話を訥々と語る新山の兄の顔は青ざめている。
「父も一人の男だ、いい加減プライドが許さなかったんだろう。
 二人が体を重ねる部屋のふすまを刀で切り破って乱入した。
 そして、二人を滅茶苦茶に切り刻んだあと、自分の腹を掻っ捌いたんだ」
「……」
「丈吉は、その部屋の一部始終を見ていた。そのショックで数年、口を利けなくなったんだ」


作品名:ひょっとこの面 作家名:六色塔