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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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星のラポール

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「起きて!」
 耳元で声が聞こえる。
「起きてったら!」
「うるせーな。誰だよ、朝っぱらから……」
 俺は手で払う。
「痛っ! 何するのよ!」
 その声に、俺は跳ね起きた。
 ベッドの隅で、頭を抑えている小人。ノーチェだ。一瞬で目が覚めてしまった。
「悪い。怪我しなかったか?」
「大丈夫だけど……」
 ノーチェが心配げに俺を見る。「なんだか苦しそうだったから」
「俺が?」
「病気になっちゃったのかと思って」
 思わず笑みがこぼれる。
「悪い夢でも見たんだろうさ。覚えてないけど」
「そう。なら、よかった」
「お前は、よく眠れたか?」
「うん。ありがと」
「さてと」
 この状況で二度寝はできそうにない。弾みをつけて起き上がる。「俺は顔を洗ってくる」
 部屋に戻ると、ノーチェは勝手にテレビを点けて見ていた。「ねえ、これって何やってるの?」
 深刻な表情。映し出されているのは、どこかの国の内戦のニュースだった。アフリカのどこか、政府軍が自国民を解放軍の如く無差別に虐殺しているという話だ。朝から見たいものではない。
「お前は、この星のオスは野蛮だと言ってたよな」
 俺は説明する。「オスに限らず、この地球では知的生命体ほど陰険で邪悪だ。同じ種同士で殺し合うんだ」
「そんな……」
「この星で、争いがなかった時期などない」
「そんなので、よく滅びなかったわね」
「俺もそう思うよ」
 チャンネルを変える。こんなものを見せられては気が滅入る。簡易キッチンに向かい、マグカップを取る。「コーヒー、お前も飲むか?」
 とは言ったものの、彼女に見合うカップがないのに気づく。金属だと重いだろうから、コンビニでもらったプラ製のスプーンに一すくいして差し出した。彼女はそれを美味しそうに飲んだ。
「いいね、これ!」
「そうか?」
 俺もコーヒーを飲む。そう言われると、いつもと同じインスタントなのに、今朝のは特別なように感じられる。
 おいおい、俺はどうかしちまったのか?
「買い物にでも行くか」
 つい、口に出していた。当分居つかれるのなら、それなりに必要なものもある。入社同期の奴の娘がバービー人形に凝っていて、小物をねだられて困ると言っていた。ノーチェは多分、バービー人形くらいの大きさだ。
「連れてってくれるの?」
 ノーチェの顔が輝く。いや、実際に体全体が光に包まれた。
「ああ、今日は休みだからな」
「嬉しい! この世界について、知りたいことがいっぱいあるから」
「人間のオスの生態か? それを教えるのはごめんだ」
「そんなのじゃないの。知ることと、見ること感じることは違うじゃない? 右も左も分からずにあっちこっち行くより、現地ガイドがいた方が断然いいじゃん」
 いや、俺はガイドじゃないし。ま、どうでもいいけど。苦笑しながらコーヒーを飲み終える。
 朝食は摂らないまま、部屋を出る。ポケット付きのシャツを着て、そこにルーチェを忍ばせて。
 駅の近くにはささやかな商店街がある。
「わぁ、人がいっぱい」
 ポケットから顔を出しているノーチェが、キョロキョロと見回す。
「こら、引っ込んでろ。人に見られたらどうする」
「大丈夫よ」
 するりと胸ポケットから抜け出し、彼女は俺の肩の上に乗った。
「おい、やめろ」
 ノーチェは行き過ぎる人に向けてアッカんべーをしたり手足を振り回したりする。だが、誰もそれに気づかない。
「どういうことだ?」
 俺は訊く。
「私は、普通は見えないのよ」
「見えない? じゃあ、俺は? 俺にはしっかり見えるぞ」
「だから変なのよ。私が見えて、避けようとしたとか」
「俺は幽霊とかも見たことあるしな」
「失礼ね。私はちゃんと生きてるわよ」
 中途半端に腹が減ってくる。駅の立ち食いで蕎麦を食った。さすがに蕎麦は無理だろうから、つゆのしみた天かすを食わせてやった。もっとも、彼女には食事は無用ならしいのだが、それでも自分だけ食べるのは気が引けた。
「えーと……」
 駅を出た所で、ノーチェが言った。彼女はまた、ポケットに収まっている。「あんた、ふにゃ何とかって名前だったっけ」
「なんだ、そりゃ? 航《ふなで》だよ。人を豆腐みたいに言うな」
「ごめん。私、自分のこと名前で呼べとか言っときながら、あんたのことちゃんと呼ばなかったから」
「それはお互い様だろ? 俺だって、お前としか呼んでないし」
「うん。それで、フナデ、これからどこ行くの?」
「ああ、お楽しみだ」
 そうは言ったものの、バービー人形を売っていそうな百貨店などへ行っても、大したものはなかった。ノーチェは途中のショウ・ウィンドウの飾りつけや服を見ては歓声を上げたが、誰もそれに気づきはしなかった。
 くそ、こうなったら。
 俺は割と本を読む方だ。よく行く本屋の一つにオタク専門フロアがあるのを思い出した。そこにはアニメキャラのフィギュアなどが置いてある。そこなら必要なものが揃うかも知れない。
 前に一度、そのエリアには入ったことがある。でも、やはり雰囲気は異様だ。子ども向けのおもちゃならまだしも、ここにあるのは大人向けのもの。戦艦や戦闘機、鉄道模型のコーナーとは隔絶した空気がある。やけに露出度の高いもの、ほとんど裸に近い女の子のフィギュアが並んでいる。そうでないものもあるが、概ね男の欲望を体現したようなものが多くを占めていた。俺は、ノーチェをここに連れてきたことを後悔した。
「ああっ! これ、可愛い!」
 ノーチェが魔法少女系のコーナーへすっ飛んでいく。飛べはしなくとも、少しくらいは浮けるようだ。
「ねえねえ、これ、いいよね? 可愛いよね? 似合う?」
「あ、ああ。似合う似合う。ってか、お前ってそういうのが好みなのか?」
 やけにフリルがついたフィギュア用コスチュームに見入っているノーチェ。服よりもその振る舞いに可愛さを覚えている自分にぞっとする。こいつは人形じゃないしペットでもない、ましてや現実の女でもない。確かに女ではあっても、まるで違う世界の生物だ。
「好き!」
 その言葉に、どきっとする。
「そうか。でも、ここには服を選びに来たんじゃない」
「そう……なの?」
 やめろよ、その哀しそうな眼は。いくらゴマ粒くらいの瞳でも。
「まあ、気に入ったんなら、ひとつくらい買ってやってもいい」
「やったぁ!」
 ノーチェがくるくると舞う。全身で嬉しさを表し、彼女の周りをオレンジの光が新体操のリボンのようにひらめいた。
 ここでの出費は想定外に高額だった。だが、レジ係もその筋の人らしく、俺の質問に的確に答えてくれた。
 俺は、ドールハウスかバービーのセットが売っている店を尋ねたのだ。まず、近くて行きやすいドールハウスの店へ行く。ノーチェは上機嫌でさっき買った服を抱きしめている。店の袋だと大きいので、ティッシュにくるんでやったやつを。
 自分の選択が間違いだったと気づいた時は、もう遅かった。
 ノーチェは店内を、それこそ飛び回った。
「すごい、すごい、すごい!」
「おい、あんまり暴れるな」
「ねえ、フナデの世界って、私と同じ種族がいるの?」
「そんなの、いねえよ。これはみんな、おもちゃだ」
「おもちゃ? 赤ちゃんのみたいな?」
「大人のおもちゃだ」
作品名:星のラポール 作家名:泉絵師 遙夏