ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ! Ⅱ
何て言ったらいいのか、ぷにぷにして地面を這ってるんじゃなくて、確かにぷにぷにっぽいんだけど、ヒトデ?
星型なの?
スライムって、こんななの?
でも、なんか可愛い。
そんなことを思ってると、背後から突き飛ばされる。
いでっ!
はしたない声を出してしまって済みません。
いきなりスライムに攻撃された。
くそっ!
かくなる上は。
「では皆さま、戦闘開始です!」
私は声を張り上げた。
うぉぉぉぉぉ!
参加者たちが一斉に駆け出す。
ちょっかい出そうとしていたスライムたちが逃げまくる。
うん、ちょっと分かる。
みんな、ストレス溜まってるんだよね。
参加者が片っ端からスライムをフルボッコにしていく。
見てて可哀想なくらい。
でもね。
でもねでもね。
あれ、反則。
ヤバいよ。面白過ぎるよ!
お相撲さん、スライムとぷにぷに対決してる。
お腹にアタックしてくるスライムが弾き返されてる。
どっちも、ぽよんぽよん!
うっあ! ヤバいヤバい、今回は別の意味でちびりそう!
しかも、張り手とかしてるし。
私の横で、さやかさんが転げまわって笑ってる。
こんなの、下手なコントよりずっと面白いよ!
いや、なんで今、ごっつぁんです! って言うのよ!
あ、そうか。捕まえたんだ。だからか。
食べる前からごっつぁんですって!
あ、さやかさん気絶した。
笑い過ぎて。
幽霊も気絶するんだ。
そのまま成仏してくれていいよ。
ん?
なんか脇に違和感が。
「ふにゅ~」
ふにゅ~?
見ると、紫色。
紫色の。
スライム!?
一瞬払いのけようかと思った。
でも、その小さいな紫色のスライム、ウルウルした目で私を見てる。
資料にも紫色のスライムはなかった。
こいつは、激レア?
超おいしいやつ?
そんなことを思ってると、そのスライムの目から涙が。
あ、ごめん。
食べないから。
そっと、手を差し出す。
紫スライムは最初、怖がってたけど、何度も私の目を見て、最後にはぴょこんって手のひらに乗ってきた。
うぁ、可愛い。
「はぐれたの?」
訊いてみる。
「ふにゅ~」
「仲間は?」
「ふにゅ~」
「ふにゅ~」
「ふにゅ~!」
なんか、よく分からないけど、通じたみたい。
喜んでる。
しかも、すりすりして、微妙に懐かれちゃったみたい。
え?
「動かないで」
女の人が、目の前に立ってる。
参加者の一人。三十歳くらいの女の人。
目がギラついてる。
剣の切っ先が私に向けられる。
「あ……だめ……です」
紫スライムが私の後ろに回る
女の人が、それを目線で追って。
冷たい光を放つ切っ先が私を|嘗《な》めるように……
うう……怖い。
ごめんなさい。また、やっちゃいました。
ここは安全だって言われてたから、完全に気を抜いてた。
でも、やらかしてしまえば、後は冷静にならざるを得ないわけで。
そう、彼女は。私を狙ってるんじゃない。
狙われているのは、この子。
意を決する。
そして、出来るだけ冷静に。
「だ……駄目ですよ、お客さま」
私は言う。「子スライムは狩ってはいけないことになっています!」
ふっ
緊張が解ける。
「ああ」
女の人が言う。「そうだった。つい……」
「他にも、子スライムを?」
「違いますよ。ガイドさんが襲われてると思ったから」
「ああ、そうだったんですか。こちらこそ、きついこと言って申し訳ありません」
「ついつい熱狂してしまって」
「いえ、楽しんで頂けて、何よりです」
「じゃあ、私はもうひと暴れして来る」
「はい」
どりゃぁぁぁぁ!
って声を上げながら、見境なくスライムに切りかかって行く。
あの人も、色々ストレス抱えてるんだろうな。
でも、この子、すごく怖がってる。
プルプル震えてる。
そりゃそうよね。
目の前で仲間が殺されまくってるんだし。
そっと撫でてやる。
ああ、その目はやめて。
食べたくないけど、別の意味で食べたくなっちゃうから。
紫子スライムをポケットにかくまう。
この光景は、小さな子にはあまりにも酷い。
「ちょっと窮屈だけど、我慢してね」
「ふにゅ~」
「あれ? なんか面白いの持ってるじゃない」
意識を取り戻したさやかさんが言う。
「面白いとか」
「だって、そうじゃない。スライムの子ども」
「そうよ。だって、あんなの見せられないでしょ? この子、怖がってるし」
たった六人の人間によって繰り広げられる惨劇。
弱いくせに襲いかかってくるスライムたち。
死屍累々の草原。
「まあね」
「さやかさん、怖くない?」
「べつに」
「幽霊は怖いくせに」
「それとこれとは別」
そもそもこのツアーって、スライム食べる目的だよね。ストレス発散のために殺しまくるのが目的じゃないよね。
うん、そう。
だったら――
「はーい、皆さん!」
メガホンを取って、思いっきり大きな声で言う。「狩りは終了です!」
不満の声が漏れる。
私はすかさず言う。
「只今より、目白の一流イタリアンシェフが、その腕を振るって皆さまに極上の異世界B級グルメをご提供致します!」
ざわめきが起こる。
みんな暴れすぎてお腹空いてるんだ。
うん、これは分かる。
ごっつあんですって、聞こえた。
柳井さん、まな板を前に両手で包丁を持ってポーズする。
二本の包丁が陽の光を受け、それを交差させると、アニメの効果音みたいにシャキーンって鋭い音が響き渡った。
私は柳井さんの傍に行き、メニューを聞く。
ふんふん。
まずは前菜ね、給仕係はいないから、私がお皿を用意したり食器揃えたり。
柳井さんは黙々と包丁を振るい……
見事にスパッと断ち切られるスライム。
グロテスクな展開を予想してたけど、スライムって内臓とかないのね。
あるのかも知れないけど、いや、あった。
真ん中辺りに、体と同じ色のザクロみたいなのが。
柳井さんはそれを投げ捨てると、残りの身を薄切りにし……
「まずは、スライムと季節の野菜の酢味噌和えです。どうぞご賞味ください」
名前聞くだけじゃ、全然美味しそうじゃない。
「これって、美味しいんですか?」
柳井さんに訊く。
柳井さん、それには答えずに親指を立てる。
ああ、俺の腕を信じろってことね。
参加者の人たちが、私を見てる。
ごくり……
私が毒見役か。
でも、柳井さんは自信満々だし、さっき見てたら、ちょっと味見してたし、死ぬことはないはず。
恐る恐る、お箸でつまむ。
ぷにぷに。
コンニャクみたい。
それよりもうちょっと柔らかい感じ。
ええい! ままよ!
口に放り込む。
んぐっ
「どう?」
さやかさんが訊く。
んぁ?
何これ、美味しい!
食感がすごくいい!
身の甘みと酢味噌が絶妙のバランス!
柳井さんを見ると、満面の笑みでもう一度親指を立てて見せてくれた。
いや、ゲームでもお話でも、これまでスライム食べた人の話なんてなかったから、こんなに美味しいとは思わなかった!
食わず嫌いって、恐ろしいね。
「うそっ。美味しいの? 私も食べる!」
作品名:ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ! Ⅱ 作家名:泉絵師 遙夏