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大地は雨をうけとめる 第5章 幽霊屋敷

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「うん」
 パルシェムはちょっとばつの悪そうな顔をしてうつむいた。
 ソワムの方はきっと、こいつのわがままのせいだ。
 ルシャデールはすばやくその辺の事情を察した。
 では、アニスは? いくら小侍従同士、親しくしていたといっても、ペトラルまで見舞いに行くほどの間柄ではないだろうに。しかも主人である自分に無断で。
 そのことをパルシェムにたずねてみた。
「僕がなんでイスファハンのことまでわかるんだ。きっと意地の悪い主人にこき使われるのが嫌になったんだろう」
 その言葉、そのままおまえに返してやる。そう言いたかったが、他家の侍従の手前、にらむだけにした。
 半時もしないうちに、イェニソール・デナンが騎乗で駆けつけた。彼は二人の小侍従の体を調べて言った。
「外傷は何もないようですね」 
「うん。私たちが来た時、うつぶせに倒れていた」
「まずは、二人を屋敷へ運びましょう。荷車と輿を手配しました。まもなく着くでしょう」
 それから彼はパルシェムの方を向く。
「ソワム殿はいったん、アビュー家の方へお連れいたします。二人の容態を診るには、その方が都合がよろしいかと存じます」
 パルシェムはうなずき、世話をかける、とだけ言った。


 その日の夕刻、アビュー家の客間に、九人の神和師が集まった。
 一番の年長で総代格のカラサ・ディクサンをはじめとして、
 エデュラール・ケサイ。
 セラフード・レセン。
 ロセイム・カルバサル。
 ヴィクトゥス・エニティ。
 ラグジュエリ・ミナセはエディヴァリの養女だ。
 代替わりしたばかりのキリス・タクスムは先代のダーヒルを伴っていた。
 もちろんケテルス・ヌスティとトリスタン・アビューも同席している。
 さらにおのおのの侍従がつき従っていた。
 アニスとヘゼナードはアビュー家の客用寝室に二人して寝かされている。まだ目覚めてはいない。集まった神和師たちは二人の様子を見てから、善後策を練っていた。
パルシェムとルシャデールは部屋のすみの方で黙って座っていた。
 重苦しい空気が部屋を満たしている。従僕がときおり冷めたお茶を代えに来る以外、誰も動こうとしない。
 二人がアビュー家に運び込まれてから、他家の神和師たちも呼ばれた。その他にも引退した神和師でピスカージェンに住む者が何人か来ていた。何が起こったのか正確に把握するには、多くの者に見てもらう方がいいからだ。
「『オルメニの道』か……』
 タクスム家の先代当主ダーヒルが難しい顔をしてつぶやいた。
 宇宙はたくさんの層からなっている。一番重い層がカデリ、この現世だ。ユフェリには重い層と軽やかな層がいくつもあるが、ふだんはその層が交わることはあまりない。しかし、『オルメニの道』は違う層と層の間に自在に抜け穴のようなものを作ってしまう。
「あれも精霊の一種と言われているが、はっきりしたことはわかっていない。肉体ごといなくなることもあれば、魂だけ持って行かれることもある。いわゆる『魂《たま》さらい』だな」
「あの現象を何と呼んでも構わんが、彼らは戻って来るのか?」
 セラフード・レセンが焦れたようにたずねた。
「『魂さらい』の場合は、たいて眠り続ける。一日、二日で目覚めることもあれば、そのまま眠り続けることもある」
「その場合はどうなる?」
「飲まず食わずで眠っていたら、当然体が衰弱して死ぬ。運よく意識が戻っても、正気を失って廃人となる者も少なくない」
 治癒の方法はないのかと、たずねたのはディクサン家の当主カラサだった。それに対してダーヒル・タクスムは「ない」ときっぱり言った。
「宇宙が始まってこの方、意味のない存在はないとするなら、『コルメスの道』とてそうであろう。このたびのイスファハン、ソワムの件も、どのような結果になろうと必要なことと私は考える」
 正統なユフェレンとしては、この上なく正しい意見だ。誰も何も言えなかった。
 結局、しばらく様子を見ようということで、みな帰って行き、当事者であるケテルス・ヌスティとその侍従、それにパルシェムが残った。
 客用寝室で眠り続ける二人の小侍従を見下ろし、トリスタンが絞り出すような声で言った。
「意識が戻ってくれればいいが」
「ああ」
 陰鬱な表情でケテルス・ヌスティがうなずく。
 パルシェムが『ヤギ親父』と陰で呼んでいる彼の養父は確かに、ヤギに似た風貌だった。あごひげの形や、長い首や風雨にさらされたような白いもしゃもしゃの髪。それから、どんよりと暗く気難しそうな目つき。
 ものの言い方も情味がない。今もソワムの身を心配しているというより、単に厄介なことになったと思っているようにしか見えない。
 ヘゼナード・ソワムは二、三日、アビュー家に置いておくことになった。様子を見て、ヌスティ家の方へ移すという。
 小侍従二人がどうして幽霊屋敷に出入りしていたのか、荷物を持ってどこへ行こうとしていたのか、誰も問題にしなかった。逃げ出そうとしていたのは明らかだったし、今、問うても仕方のないことだ。
 それでもルシャデールは、アニスの寝顔に、なぜ? と心中で問いかける。 
 逃げ出すほどに辛いことがあったのか? 私の侍従を務めることがそんなに嫌だったのか? 
 見ればパルシェムもうなだれている。もともと赤みのない顔がますます青白い。大人たちの方へしばしば向けられる目はおびえているようだ。
 ルシャデールは彼とその養父を交互に眺め、苦笑いを浮かべた。彼女とトリスタン以上に、冷えた関係のようだ。
 パルシェムがヌスティ家に養子に来たのは、昨年の暮れと聞いている。それまでパルシェムがどういう暮らしをしていたのか知らないが、まだ互いを親として、子として受け入れられないにちがいない。四年前のルシャデールとトリスタンがそうだったように。
 もうこれ以上話すこともないのだろう、ケテルス・ヌスティが暇《いとま》乞いをして立ち上がった。続いて侍従のギュルベール・ラトンもそれにならう。だが、パルシェムは座ったままだった。
「帰るぞ、パルシェム」
「嫌です、僕はへゼナードのそばにいます!」
「おまえがここにいてもできることはない」
「嫌です! このまま死んでしまうかもしれないのに!」
「アビュー殿にもご迷惑だ」
 パルシェムはきっ、と、トリスタンの方を向く。ご迷惑ですか? と言わんばかりに。
「ケテルス殿……うちは構わないが……」
 目の前で繰り広げられようとしている親子ゲンカに、トリスタンは困惑気味だ。だが、ヌスティ家の当主はそれを無視して、パルシェムの腕をつかみ立たせた。その手を振り払い、彼は抵抗する。
「嫌だ!」
「わがままを言うのもいい加減にしろ!」
 パシンという音とともにパルシェムの頬が打たれた。泣き出す彼を、挨拶もそこそこに、ヌスティとラトンが荷物のように引きずって出て行った。
 見送ったルシャデールとトリスタンは顔を見合わせ、息をついた。


 その晩、寝支度をすませてから、もう一度ルシャデールは様子を見に行った。大きな七本の蝋燭の灯りの中で、二人は意識を失ったままだった。今夜は従僕が交代で付いてくれるという。
 寝台のそばに、従僕のルトイクスが何も言わず立っていた。
「交替は?」