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和ごよみ短編集

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「あのぉ、駅前の本屋で見かけたことありますよ」
「ほんと? たまに立ち寄るんだけど、僕、寒いのが苦手で。買い込んだ本を読んで冬籠りして過ごしていたかな……」

窓からの春の陽射しがどこかに反射して 光がテーブルに届いた。
「春らしくなってきましたね」
「そろそろいい季節ですね。……」
「工事の所為かな。追い立てられて虫が出てきて、ほらさっきも」
「虫 嫌いですか?」
「此処に出るアイツらは あまり…」
「暖かくなって 隙間から這い出してきたんですね」
マグカップから 一口飲んだ液体がそのひとの 喉を動かした。
「そろそろいい季節ですね。いっしょに外の春を見に行きませんか?」
わたしは、マグカップを握ったまま そのひとを見つめていた。
「僕も 這い出さないとね」
「え? 虫なの?」
「かっこよくいえば 読書虫」
「それって かっこいいんですか?」
「ははは、どっかなぁ……」

まだまだ本当の春の暖かさはこないけど ちょっぴり暖かな陽だまりにいるような心地よさを感じた。
小さな恋の蕾を大切に 優しい虫がいずる春の陽。

ほわほわ ぽわん……




     ― 了 ―



作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶