和ごよみ短編集
二日後の朝、床がごそごそっと音を立てた。
工事が始まったのようだ。そういえば どれくらいで修理は終わるのか訊いていなかった。
今日、わたしは仕事が休み。家でのんびりするにも騒音が響きそうだ。
部屋の中を横切ろうとしたとき、視野に見えたものは 勝手に動いている。
ごきぶり? いやそれとは違う。足の長い蜘蛛が ゆったり歩いている。わたしに気付いたのか 急に早足になって壁へと向かって行った。わたしは冊子で追い立てて、窓近くで捕獲し、窓の外へと追い出した。ほっと振り返ると、また違うものが……。
今度こそ ごきぶり? いや 体毛に見えるそれは 幾本もの足のげじげじと呼ばれている虫だった。異様な外見だけでも近寄りたくないのに、素早い動きに捕獲もしにくい。かといって、殺して駆除するのも気分が良くない。速く走り回る姿に嫌悪を感じながら、侵入経路を考える。
やっぱり 下の階からね、と、そのひとの部屋を巣穴のように思った。実際には 天井と床の隙間なのでしょう。
「春よねぇ」
溜息といっしょに そんな言葉が口を衝いて出てきた。
コンコンコン。ピィンコン。
ドアを開けるとその人がいて 少々はにかんで言った。
「また 間違えてノックしてしまいました。あ、工事始まってうるさいでしょ。僕も部屋に居られなくって 外へ出かけようかと思ったのですが あなたの部屋も気になって。あ、そういう意味じゃなくて、部屋にいるようだったので声をかけてみました」
「ちょうど良かった。虫、大丈夫よね。上がって」
わたしは、そのひとを引っ張り込むように部屋に招き入れると、冊子を渡し、げじげじの姿を探した。
「あ、そこそこ、捕まえて捨てて」
「は、はい」
見事 道の果てに ほうりだしてくれた。
「ありがとうございました」
わたしは、ふと引っ張り込んだことを思いだし恥ずかしくなったが、ほっとした気持ちが胸の中のほとんどをしめていた。
「良かったら 此処で時間つぶしませんか? お茶ぐらいなら淹れますから」
いつもなら ひとり分の食事が並ぶ小さなテーブルに あり合せのマグカップが二つ置かれ、向かい合わせに座っている。