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和ごよみ短編集

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《其の5》『つげる』





「相変わらず長閑なところね」
久し振りに訪れた田舎は、ぽかぽかと春の陽が差していた。
最寄り駅で電車を降り、日に数本の巡回バスの時間が待ちきれず、ゴロゴロと車付きのトランクを引きながら 両側は田畑ばかりの道を その集落の方へ向かって歩いていた。

もうその田舎に自分の家があるわけではなかったが、その集落に住む祖母とその連れ合いだった祖父の墓参りの為に 先に出かけた両親を学校が春休みになるのを待って追いかけてきたのだ。

澄んだ空に浮かんだ白い雲を眺め、肩まで伸ばした髪を揺らし、頬を掠めていく春の匂いの混じった風を感じてもさほど 気持ちは懐かしさを感じはしなかった。
ふと 畑の間際に小さな花を見つけた。近づいて、トランクを止め、屈みこんだ。
「すみれが咲いてる」と 手を伸ばしたときだった。

「採るな!」

その制止の大きな声に 思わず手を退いた。その声は何処から?と そぉっと振り返った。
そこには 同じくらいの歳の男が立っていた。腕を覆う服を着ているが、顔や首のあたりは日に焼け、精悍な顔立ちを より堀深く見せていた。

「ごめんなさい。……って あ、きと? ねえ秋人君じゃない?」
「は? 小春?」
「小春じゃない 千春(ちはる) まったく、ずっと名前覚えないんだから」
「いいじゃん。ちっこいから こはる。間違ってねえ。でも今は千春か…」

千春と秋人は、幼馴染みで ふたりが小学校に行く頃まで 同じこの土地で過ごした。
秋生まれの秋人。翌春に生まれた千春。子どもの少ない集落では お互いの友だちは限られた。その中でも、近所に住むふたりは… 体の小さな千春をかばうように 何かと一緒に 遊んでいたのが秋人だった。

「でかくなったもんだな。街の栄養はすごいな」
「もう、秋人君だって大きくなったよ。もう十五年経つんだもん」
「今日はどうした?」
「お爺ちゃんのお墓参り。わたし、お爺ちゃんが死んだときに来たけれど、引っ越してからずっと来ていなかったのよ。でも、この前お婆ちゃんと電話してたら 会いたくなって」
「そっか。最近 元気ないもんな。小春…じゃなかった千春の顔見りゃ元気になるかもな」
「そっかなぁ」

作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶