小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

和ごよみ短編集

INDEX|7ページ/84ページ|

次のページ前のページ
 

「そうですか? でもなぁ… 大家さんに言ってみるか。あ、どうも」
頭を下げて階下への階段を降りて行った。

昨年末あたりに 二、三度駅前の本屋で見かけたひと。背が今の人くらい… あ、本人か。
ちょっといい感じと勝手に憧れて、また逢えることを心待ちにしていた人だった(って 恥ずかしい…)っとひとりで にやにやどきどきしているわたしは、手にフライ返しを持って突っ立ていた。

しばらくして、玄関をノックする音。
コンコンコン。
あ、トイレノックじゃない。親しみのサインのようで それだけでも嬉しく感じる。でもチャイムついているんですけど、と思いながら 素早く扉に近づいた。
「どなたですかぁ?」
「先ほど伺った下の階の者です」
ひと呼吸。ドアノブを引き、相手を気遣いながら 扉を押し開ける。
予想を裏切らないで そこに立っていたのは そのひとでした。
「今、大家さんに言って 業者の方に見てもらったら、壁内の管から水が漏れ出ているらしいと」
「わたしの所為…」
「あなたの所為ではないですけど、あなたの水が僕のところに沁みてきたようです」
「そうでしたか。知らないこととはいえ すみません」
わたしは、頭を下げたものの、その後の言葉が浮かばない。そのひとも ドアの前に立ったままで、お互いに無言の空気がふたりの距離を広げていってしまう気がした。
「あ、あのチャイム… チャイム押さないんですね」
「え? あ? あ、そうか。僕の部屋のが壊れているので 押す習慣がなかった」
そして、手を伸ばし扉のボタンを押した。
ピィンコン。
「へえ こんな音がするんですね」
響き渡るチャイムの音に なんだか照れくささを感じた。
「もう鳴らさなくても 開いていますから」
「あ、失礼。すいません。あ、そうそう 工事になると僕の部屋の天井を外しますから 床下から音が響くかもしれないとのことです。だから驚かないでくださいね」
そのひとは、頭をひょこっと下げて 部屋へ戻って行った。

作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶