和ごよみ短編集
そして、後日。都合をつけて会ったときには小さな男の子が一緒だった。
会って気付いた。子どもが居るってことは奥様じゃないか。
お礼だけだと、自分に言い聞かせながら三人の時間を楽しんだ。
子どもをあやしながら遠慮がちに話す彼女はシングルマザー。男の子の父親は、彼女が妊娠中に事故にあったと聞いた。
僕の胸中はざわざわ、ぎすぎすとささくれ立った。でもこのまま離れたくはないと思ってしまった僕は、その後も会うようになった。
そして、その年のクリスマスにプロポーズ。翌年の正月に両親に紹介した。
お決まりコースのようで 当時のことを言われると恥ずかしいが 僕は彼女と結婚した。
僕はそれらしい貯金もなかったし、彼女のわずかな蓄えをあてにはしたくなかったので とりあえず籍だけを入れた。家族になって諸々の手続きに名前を書くこともあった。
縁あって息子になった男の子は 健太という。誰に付けてもらったかと訊いたことがある。
その時彼女は とても穏やかに言った。
「私が付けたの。この子を授けてくれた人のあだ名だったらしいんだけど 私ったら間違えちゃって」
「ん? 間違えたって」
「後から知ったの。e じゃなくて a だったんだけどね。まるっきり同じじゃなくて 今は良かったって思ってる。あなたと会えたから…… ねぇ、けんた」
「そっか。いい名前だね」
ただそう思った。
三人で迎えた正月が明けて 暖冬だった日々にも冬らしい日がやってきた。
健太と遊びながら 彼女が口ずさんだのだ。
「けんた、寒いねぇ。おおさむ こさむ 山から小僧がとんできた なんと言って飛んできた 寒いと言って飛んできた。うーん 寒い寒い」
健太は、その名の通りすくすくと育っていた。
「健太は、春になったら小学生だな」
「あなたと出会えて良かったのは私だけじゃなくって 健太もね。みんなと同じように両親が居るってきっといいことがあると思うもの」
「なあ さっきの歌って」
「ごめん。元彼が『一番寒い時期だから もっと寒くしてやる』ってこれ歌ってね。『俺さまは はんさむーなんてね』って馬っ鹿みたいでしょ。でも これくらいしか想い出なくって… でも、もう止めるね。健太も小学生になるんだもん。もう言わないから」
この時初めて僕は、彼女の過去が気になった。
でも 確かめることはしなかった。