和ごよみ短編集
《其の34》『むすぶ』
『おおさむ こさむ
やまから こぞうが とんできた』
この季節になるといつもあいつはこう言った。
「オレ様、ハ・ン・サ・ム! 飛べるこぞうは ダンボだけだよな」
小学生のクラスでひとりは居そうな元気だけの男子があいつ、カンタだった。
毎年のお決まりのように言う台詞にウケていた女子も 五、六年生になる頃には冷ややかな態度をみせる者もいた。それでも めげないカンタはやっぱり学年じゅうの人気者だった。
そんなカンタの訃報を知ったのは、成人式で故郷に戻ってきた翌々年のことだった。
バイトや友人との付き合い、そして学生の本分をわきまえ、授業やゼミにもわりと真面目に出席していた僕は、実家への足は遠のいていた。
そしてこの年、就職の書類を取る為に久し振りに実家に帰ってきたのだ。
その時に 取りに行ったその役所の窓口に勤務していた同級生が教えてくれたのだ。
「まさか、みんなで飲み会で話していた時には……なんてねぇ。人ってわからないね」
当時を振り返る。
成人式で会えるだろうと誰しもが思っていたに違いない。しかし、カンタは出席しなかった。式の後の飲み会に誘われて 何となくその場に行ったのだが、その中のひとりが中学の時の卒業アルバムを持って来ていた。
僕は 親父の都合でみんなと同じ中学校にいけなかったから 卒業アルバムは持っていなかった。小学校のアルバムも何処にどうしまってあったのかも気に掛けず、部屋の押し入れに置き去りにされていたまま 見ることはなかった。
身体を寄せ合って 写真との変貌に奇声のような声を上げながら見ていた者たちから 手から手に渡り、僕のところにも辿り着いた。
ページをめくり ふと眼に留まったのは カンタの面影のある顔写真だった。
「あれ?」
そして知った事実は カンタという名前。
クラスが同じになった四年の時、みんなが彼をカンタと呼んでいたので何の疑いも持たず呼んでいた。かたや人気者で僕とはタイプが違い、一緒に行動することもなかった所為か 接点は極少ない。
とはいっても 同じ教室で一年間過ごしたのにどういうわけだろう……。
先生もカンタと呼んでいたじゃないか。絶対そうだろ? 名前違いって絶対嘘だろ?
僕の中で 周りの声を遮るくらい重点にはまっていった。
そして、隣の女子に訊いた。
「これって カンタだよね?」
「そうよ。今日会えなくて残念だったね」
「うん。なあ、カンタってなんでカンタなんだ?」
その時の女子の眼(まなこ)は、驚きとも何言ってるの?と小馬鹿にしたようにも取れる目つきで僕を見た。
「苗字の頭と名前の終わりでカンタって呼ばれてたらしいよ」
答えてくれたのは、その子の向こう隣にいた子だった。
そこで 話は断ち切れておしまい。僕以外では 長引かせる話でもなかったのだろう。