和ごよみ短編集
翌朝、さと子は台所で粥を作り始めました。
水道とはいえ冷たい水で米を研ぎ、土鍋に分量の水を加えて コトコト煮立つ間に 昨日洗っておいた七種の具材を茹であげる。
七草を刻むときは、できるだけ大きな音を立てて叩くといいと聞き、土間にはもちろん、座敷の奥まで しなった青菜をみじん切りするまな板にあたる包丁の音が響いてきました。
炊きあがった粥の中に塩をひとつまみ、刻んだ七草を乗せて食卓に運びました。
「できあがりましたよ」
家族が揃い、土鍋に入れた粥と七草をかき混ぜました。
「わあ、おはながさいたぁ」
確かに土鍋の余熱で ぼこぼこと気泡が湧いてきましたが、おばあちゃんとさと子はじっとその中を覗いてすぐには言葉が出ませんでした。
「さとこさん、あずさの言ったことは本当だったかもしれないわね」
「初めて見ました。これがそうなんですか? って訊いても……」
「私には、わかるわ。だって初めてじゃないですもの、わかなちゃん」
おばあちゃんの穏やかな顔は、懐かしさと嬉しさが伝わってくるようでした。
「じゃあ、とりわけますね」
さと子が、玉杓子で粥を掬ったとき、湯気に表情が歪みました。
「あ、ちょっとすみません」
さと子は、玉杓子を置くと部屋を出て行きました。
さと子が戻って来ると、茶碗には七草粥がよそってありました。
「おかあさん、あずさがよそったんだよ。じょうずでしょう」
「あら、あず、ちゃんとおかあさんって言えたねぇ」
昨日までおかあしゃんとしか うまく「さ」と言えなかったあずさが 歯切れよくさと子を呼んだのでした。
「あらあら、あずさちゃんにも わかなちゃんは魔法をかけたのね。さと子さんもでしょ?」
「ええ、何となくそんな気がしますが…… また違うかもしれませんし」
さと子は、あずさを授かるまでにも間があったけれど、それ以後も流れたり、違ったりと授からず諦めていたのでした。
「ほ、本当か!」
「なんですか、急に大きな声を出してー。さと子さんが驚くでしょ」
さと子の夫は、あずさを抱きしめて喜びました。
「とぉと、いたいよ。ごはんのときはしずかにしないといけませんよ」
「だって、だってなぁ、あずさは…」
「しぃー。あなた、まだちゃんとわかってからね。違っていたら可哀想ですもの」
「そっか。うん。わかった」
あずさは、自分がよそった七草粥の茶碗を間違えなく、それぞれの前に置きました。