和ごよみ短編集
「ただいま帰りました」
さと子は、今年四歳になる娘のあずさを連れて七草粥に入れる草を摘みに行ってきたのです。
この村に嫁いで六年。
結婚が決まり、同居することにしたとき、台所は改装して使い勝手の良いきれいなキッチンにしてもらったのですが、さと子は、もともとあった土間に降りる台所で料理を作ることもたびたびありました。
その台所に降りると 摘んできた葉をザルに広げました。
まだ根元には土が付いていたり、根っこが付いているものもあります。
あずさは、それを背伸びして にこにこしながら見ていましたが、土間から座敷に上がると大好きな絵本を広げました。
おばあちゃんと七草粥を作るおはなし。
「あずさちゃんは、その絵本が好きなのねぇ」
おばあちゃんの横でその絵本を見るときのあずさは、小鼻を膨らませてやや得意げな顔になります。
「おばあちゃん、これがねぇせりでしょ、これがなずな。ぺんぺんぐさでかんざしつくるよね。それとこれがごぎょう、はこべら、ほとけのざはこおにさん…」
「こおにさんは、コオニタビラコ(小鬼田平子)ね」
「あずさ、まだ小さいからいえないもん」
「あらそう」
「すずな と すずしろ。あ、おかあしゃんね、すずな、スーパーでかったんだよ。ないしょだよって」
台所から半分顔を覗かせて さと子は笑いながらのしかめっ面。
「あず!それは 内緒でしょ。もう蕪の葉がみんな駄目になっていたので、ちょっと他の買い物と一緒に買ってしまいました。でも、大根は畑から抜いてきましたよ。ほら」
さと子は、指先で摘まめるほどの小さな大根を見せました。
「いいのよ。昨年は蕪がうまく育たなかったからね。さと子さんの七草粥が食べられるなら構いませんよ」
「すみません」
「すずしろは、だいこんだねぇ」
「あずさちゃんはすごいねぇ、全部言えるんだね」
「いえるよ。せり、なずな、ごぎょう、 はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ」
「じゃあこれは?」
「ん…… あ!おかあしゃん、おばあちゃんに おしえていい?」
「ほんとに聞こえたの?」
「あずさ、きいたもん。おばあちゃんあのねぇ、わかなちゃんがいたんだよ。わらったの」
「わかなちゃんて、あの不思議な言い伝えの子のことでしょ。わかなちゃんっていうの?」
あずさは、おばあちゃんと顔を見合わせて 大きく頷くと満面の笑みを浮かべた。
「お義母さん 適当に聞いておいてくださいね」
「あら 本当かもしれないわ。明日の朝が楽しみねぇ」
「あずさ、きいたんだよ。だからいいことあるね」