和ごよみ短編集
「うんめぇ。寒い時はこれだね」
「あなたたちの世代はもう気にしないのでしょうけど、こないだ遊んでいたゲームで同じこと言ってたわね」
「俺のテレビゲームで?」
「そう、『しょうかん』って。明日は小さく寒いと書いて『小寒(しょうかん)』っていうのよ。小寒に入ることを『寒の入り』節分までが『寒の内』あなたが愚図ることを疳(かん)の虫。ほらこんなところに出ているわ」
「え?」
見ると、細い糸状のものが指先にくっついていた。
「ばあちゃん、これはセーターの繊維だってば」
「あらそう。あ、そうそう、ついでに教えてあげるとね」
「今度は 何?」
俺の眉間に笑いながらの皺が寄る。
「明日はね、旧暦では まだ十二月一日なのよ」
「じゃあ、クリスマスもう一回来るじゃん」
「そうはいかない。クリスマスは外国の祭りだからプレゼントはなし」
「都合が悪いと そういうことね」
「小寒から四日目は『寒四郎』」
「寒がり四郎さんがどうかするの?」
「5月の下旬に収穫時期の麦にとっては この日の天候がその年の麦作の収穫に影響があるってね。かと思えば、小寒から九日目に降る雨は『寒九の雨』と言って豊穣の兆しという言い伝え」
「歌舞伎の人にいたような…… 大晦日に歌うヤツか?」
「それ 第九。とんてんかんかん これ大工」
「なんか、正月早々忙しいね」
「しょうなのよ」
「今の わざと?」
ばあちゃんは、こくりと頷くとくすくす笑いだし、俺の顔を見ては、なお笑いっぱなし。
「大丈夫か? ツボ、はいった? そんなに可笑しくないでしょ」
俺は、近くに置いてあった紙切れに文字を書いて ばあちゃんに見せた。
「ん? 眼鏡ないから見えないわ。なんて?」
俺は、小さな文字で『寒』と書いたのだ。
「もう、こんなときに お腹が痛くなってきちゃったじゃないの」
そっか。ばあちゃんとの居て心地良いのは、このテンポなのかもしれない。こんな笑いの中で いろいろ教えてもらってきたように思った。
『笑う門には 福来たる』
「これ こと わざと」
「ばあちゃん、まだやるぅ?」
「いや、もう肉まんもお茶もなくなったから おしまい。ごちそうさま」
ばあちゃんと今年も迎えられたことが凄く嬉しく感じた。
いつも寒い時期は喉の調子が悪いばあちゃんだけど 今年に入り、咳きこんでいない。
いつかあの世から召喚されても ばあちゃんは小さな箱に入りそうにないな。
俺はそう思うし、ずっと傍にいて欲しい。
これから 寒さも厳しくなるのか。ばあちゃんが編んでくれたあのダサいマフラー巻いてみるか。ばあちゃんには 俺のバイト代が入ったら肉まんを買ってやろう。
年季の入った湯呑を啜るばあちゃんが また笑ってる。
寒いけど 暖かな日差しの中で……
― 了 ―